「次はきみの武器を選ぼう」王の間を出ると、ルドウィンはいい、側近と並んでなにか話しながら足早に歩き始めた。
「わたしの武器? なんでそんなものがいるの? わたしが戦うわけじゃないでしょ?」
「お嬢さん」ルドウィンは振り向く。「なにがあるかわからないんだ。きみの安全にはできるだけ気を配るが、なにか自分で身を守るものも持っていてほしいんだよ」
「きっと、お気に召すものがありますよ」側近がいう。
 ユナは半信半疑だったが、広間に案内され、緋色の布の上に並べられた武器を見たとたん、すっかり心を奪われた。
 金や銀に輝く短剣には、柄やつばに色とりどりの宝石がはめ込まれ、大粒の真珠で飾られた剣もある。繊細な彫りがほどこされた短刀や、きらめく金のくさりかたびらも用意されていた。いずれもため息が出るほど美しい。
 だが、ユナがもっとも惹かれたのは、優美な曲線を描き、静かな光を放っている銀の弓だった。
「これにするわ」
「お目が高い」側近はいい、弓を手にとって説明する。「こちらはルシナン製で、フィーンの国の銀で造られたものです。ご覧のとおり小型で引きは軽いので、十二の子どもでも引きこなせますが、威力は通常の弓に勝るとも劣りません。フィーンの銀は軽くてしなやかな上に、はがねのように強いのです」
 彼は弓を置き、革製の矢筒に入った矢をとりあげた。
「こちらの矢柄も、すべてフィーンの銀でできています。どんなときにも、決して折れたりしません」
「フィーンの銀? 気に入ったわ」
「ちょっと待った。弓を手にしたことはあるのか?」
「あるわけないでしょ」
「いいかい、お嬢さん。弓ってものは、熟練した腕なしでは役に立たない。それなしでは、ただの飾りだ」
「ただの飾りで結構よ。どうせ使わないんだから」
「こっちの方が実用的だ」ルドウィンは細身の短剣を取り上げる。
 宝石も装飾もないつまらないしろもので、ユナはちらっと見て、弓に目を戻した。
「これにするわ。でなきゃ、なにも持たない」
「きみにはつきあいきれんね」ルドウィンはため息をつき、「じゃあ、勝手にするんだな。あとで泣き言をいっても知らんぞ」
「なによ、威張っちゃって」
 横で側近が咳払いする。
「銀の弓矢、たまわりました。お次は、ユリディケさまからエレタナさまへお渡しする贈り物をお選びいただけますか」 
「贈り物?」ユナは眉をひそめた。
「あったほうがよろしいかと。こちらでいくつかウォルダナの逸品をご用意しました。お薦めはローレアの香水です」
「ローレアの香水?」ユナは、ぱっと表情を変える。「それ、わたしがもらっちゃいけない?」
 ルドウィンが呆れたようにユナを見たとき、背後で口笛が響いた。ユナは振り向く。広間の反対側で、ヒューディが手を振っていた。ふたりは駆け寄り、ひしと抱き合う。
「いてっ!」ヒューディが声を上げた。
「どうしたの?」
「いや||なんでもない」後頭部をなでながら、ヒューディはばつが悪そうに笑う。「それより、無事でよかった。もしものことがあったら、ぼくのせいだと||
「さあ。感激のご対面はそれくらいにして、急いで腹ごしらえをしよう」ふたりの後ろでルドウィンがいう。「明るいうちにできるだけ森を進みたいからね」
「森?」ヒューディは、ぞっとしたように彼を見た。「森って東の森ですか?」
「ルシナンに抜けるのに、ほかにどの森がある?」
「東の森は危険ですよ。わけのわからないものが、昼間からうろついてるって噂です」
「灰色の奴らがうろついて、待ち構えている街道を行くのと、どちらが危険だと思うんだ?」
 
 ルドウィンが側近と話しながら広間を横切っていくと、向こうから衛兵たちがやってきた。フォゼとジョージョーを連れている。
「ルドウィンさま、こいつらをどうしましょうか?」
 後ろ手に縛られたまま衛兵に突きだされ、少年たちはよろめきながら彼の前に立った。
「わたしが戻るまで地下牢にぶち込んでおけ。処分はあとから考える」彼はいまいましげにふたりをねめつける。
「ルドウィン王子、後生ですから、地下牢だけはご勘弁を」フォゼは哀願した。「ほんの出来心なんです。もう盗みは二度としません。お礼にもらった金貨もいりません」
「当たり前だ!」
「お願いします。どうか見逃してください」
「いまおまえたちを逃がすと、どんなことになるかわかってるのか?」
 フォゼは当惑してルドウィンを見る。
「おまえらの首には、賞金がたんまりかかっている。ルシナンの旅人殺しの凶悪犯としてな」
「そんな||。どうして疑いを晴らしてくれなかったんです? あんなに協力したのに」
「時間がなかった。黒松亭のあるじが似顔絵を描いて、そこら中に貼っている。その貼り紙になんて書いてあるか知りたいか?」
 フォゼとジョージョーはかたずを呑んだ。
「『残虐な旅人殺し。賞金二千ルピカ。生きたままでも死体でも』」
「あんまりだ……」フォゼはつぶやく。
「命が惜しかったら、地下牢でおとなしくしてるんだな。それに、おまえたちはちょっとばかり知りすぎたようだ」
「なにも知りません!」フォゼは首を振る。「なにひとつ。な、相棒?」
「そ||そうです。水晶にきれいな女の子が映ってるなんて、全然||
「このばか!」
「ねえ!」ルドウィンの後ろから、ユナが顔をのぞかせた。「この子たち、なんなの?」
 フォゼはあっと声を上げる。
「このひとだ!」
「さて」ルドウィンは腕組みをしてフォゼを見たあと、衛兵に命じた。「連れていけ!」
「待って||待ってください! これからどっか行くんですよね? きっとルシナンじゃないですか? 俺たちお供します。それなら秘密も漏れないし」
「冗談も休み休みいえ」
「ねえ」とユナ。「いったいなんなのよ?」
「あとで説明する。行くぞ」
 立ち去る彼らの背中に、フォゼの叫び声が響いた。
「殿下! 街道は奴らが見張ってます! ルシナンへは東の森を抜けないと。だったら俺たちが要りますよ。東の森の抜け道にかけては、俺たちほど詳しい者はいませんから!」
 
 一行はごく少人数だった。ルドウィンと近衛兵の精鋭ヤン、ユナ、ヒューディ、そしてフォゼとジョージョーの六名である。
 ルドウィンは、この先自分は、ルドウィン王子ではなくただのルドだといい、間違っても殿下などとは呼ばないよう念を押した。
 それぞれに馬が用意され、ユナは葦毛の馬を与えられた。おだやかな黒い目をした馬だった。ユナはやわらかな鼻面をなでて、よろしくね、とささやく。葦毛はその黒い目で、彼女をやさしく見つめ返した。
 都の外れまで、側近が送ってきた。
「現地に着いたら使いを送る」ルドウィンはいった。「援軍の準備を整えて待っていてくれ」
 美しく晴れた春の一日だった。ローレアに染まる草原の起伏が、絵のように広がっていた。