第7章 前半へ12第7章 後半へ

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 レースのカーテン越しに、清らかな月の光が射していた。こんな夜、レアナはいつも、満月の光を浴びながら幸せな気持ちで眠りにつく。けれども今宵、彼女の心は千々に乱れ、目を閉じることもできないでいた。
 風が吹きつけ、ガタガタと窓を鳴らす。窓辺のサンザシのシルエットが揺れ、寝室に、光と影が躍った。
 パーティでの光景がよみがえる。
 ヒューディと彼女の前に、突如躍りでた漆黒の馬。その馬上で剣を抜く灰色の騎士。月光にきらめく銀色の刃||。レアナはぶるっと身をふるわす。
 隣のベッドで、ユナが寝返りを打った。
 レアナは彼女の方を見る。
「ユナ||眠れないの?」
 小さなため息が聞こえた。
「全然」
「わたしも」
「レアナ」ユナは横になったまま、レアナの方に顔を向けた。青白い月の光が、やわらかな顔の輪郭を映しだす。
「なに?」
「さっきの話、信じる? ルドウィン王子のいったこと」
 レアナはユナを見つめた。月の光を湛え、いつになく神秘的に輝く瞳を。
「信じるわ」レアナは静かにこたえる。「なぜか、ほんとのことのような気がするの。それに、あの人は信頼できる人よ」
 王子だからというのではない。彼の瞳を見たとき、どこか心の深いところで感じたのだ。この人は誠実な人だと。そして、その心は冬の星空のように澄みわたっていると。けれども、それをどう説明したらよいのかわからなかった。
 ふたたび、ユナのため息が聞こえた。
「わたしには、彼のことも、彼の話も信じられない。だって、わたしはわたしよ。死んだ父さんと母さんの子で、いまはロデス伯父さんとイルナ伯母さんの子よ。フィーンの娘の生まれかわりだなんて、そんなばかなことってある? 昔話や伝説は、ただの物語として、おとなしくしていればいいのよ」
「母さんは、古い話の中には、必ずなんらかの真実が隠されているといっているわ」
「そのイルナ伯母さんにわけもいえずに行かなくてはならないなんて」
「ユナ……」レアナは布団から片手をだし、ユナの方へさしのべる。
 ユナも手を伸ばしてきた。ふれた指先はひどく冷たく、レアナは思わずその手をぎゅっと握る。
 胸がつまった。
 この手を離したくない、ユナを行かせたくない。そんな思いでいっぱいになる。せめて一緒に行けたら……。
 けれど、知恵も勇気もなく、走るのも木登りも苦手な自分がいたら、足手まといになるのは目に見えている。
 幼いころから姉妹のように育ったユナ。自分の方が半年お姉さんだから、守ってあげないと。ずっとそう思ってきたのに、こんな肝心なときに、なにもできないなんて。
 切なさに涙があふれたとき、ユナがふっと笑った。
「おかしいよね。わたし、遠い国に憧れて、広い世界を見てみたいなんていっていたのに……。でも、わたしの夢は、こんなことじゃなかったのよ」ユナはつないだ手をすっと離し、天井を見あげる。「あの人、いくら王子だからって強引だと思わない? 人をなんだと思ってるのかしら」
 
「人をなんだと思ってんだ? え?」
 ルデュセイア城の立派な客用寝室で、フォゼは先ほどから、たらたらと不平を並べていた。
「金貨二十枚だぜ、たったの! それで、はい、明日帰ってよろしいと来た。人捜しにあんなに協力させておいて、見つかったとたんにお払い箱かよ」
「でもフォゼ、金貨二十枚なんて、見たこともなかったじゃないか」と相棒のジョージョー。「毎日至れり尽くせりだったし、そろそろ贅沢な暮らしにも飽きてきたし」
「ジョージョー、頼むから、その大きなベッドの端で猫のように丸まるのはやめろよ。どうしてこう真ん中でどんと寝れないわけ?」
「だって、なんだかもったいなくてさ」
「ったく、そんなふうだからおまえはダメなんだよ。ちっとばかり歓待されりゃ、ころっとだまされちまって。いいか? ここは城だぞ。城とか宮殿とかいうところは、金貨や宝石がごろごろしてるんだ」
「だから金貨二十枚もくれたじゃないか」
「も、じゃない。しか、だ。ダイヤモンドや水晶玉の一個や二個、はずんだっていいいはずだろ? あんな血眼になって捜してた、緑のベストの少年が持ってるものってのが見つかったんだ。この俺たちのおかげで。だのに、それがなんだったかも、教えてくれやしない」
「それなら、俺、知ってるよ」ジョージョーは涼しい声でいう。
「なにいっ!?」フォゼは転がり落ちるように寝台から降りると、隣の寝台の端っこでちんまりと寝ているジョージョーに詰め寄った。「いま、なんてった!?
「そ||そんな大声だすなよ。俺、心臓が弱いんだから」ジョージョーは怯えたようにいう。「ただ、それがなにか知ってるっていっただけだよ」
「いったい、そいつは、なんだったんだ!?」フォゼはさらに声を高める。
「す||水晶だよ」
「水晶!? ばかやろう! なぜそれを早くいわない?」フォゼは、ジョージョーの細い鼻に自分の丸っこい鼻をつけんばかりに怒鳴った。「で、どういうわけで知ったわけ?」
「聞いたんだよ。王子とヒューディが話してるのを。さっきまた廊下で迷ってうろうろしてたら、向こうからふたりが歩いてきて、俺、つい癖で物陰に隠れちまって」ジョージョーはいい、耳にしたことをざっと話す。
 フォゼは手のひらをこぶしで叩いた。
「でかしたぞ、相棒! まさにそいつだ! で、ヒューディは確かに自分が預かるっていったんだな」
「ああ。王子は側近と外の様子を見にいくとかで、それなら今夜は自分が預かるって。彼の部屋にそんな大切な物があるなんて誰も思わないからってさ」
「よし! そいつを失敬してずらるぞ」
「そんなぁ」ジョージョーはためらった。「せっかく見つけたのに、悪いよ」
「どこまで人がいいんだ、おまえは。とてつもない幸運が転がり込んできたんだぜ。しかも、ほんの目の前に」
「あいつを騙すのか?」
「人聞きの悪いこというなよ。騙すわけじゃない。ちょろそうな奴だから、わざわざ騙さなくとも、お宝をちょうだいする方法はいくらでもあるさ」
「いくらでも?」ジョージョーは疑わしげにフォゼを見る。
「心配すんな、相棒。俺さまにまかせとけ!」フォゼはどんと胸を叩いた。
「だけど、仮にそのお宝を手に入れたとして、どうやって逃げるんだよ。まわりは衛兵だらけじゃないか」
「そいつもまかせとけって! うちは代々続いた由緒ある泥棒一族だ。祖父ちゃんのそのまた祖父ちゃんが、このルデュセイア城を築いた石工の、ひ孫のひ孫のうんとこさひ孫から耳にした話によると」フォゼは声をひそめた。「この城の地下の回廊には、外に通じる秘密の抜け道がある」
「ほんとか?」
「おう。大貝の毒にあたって死んだ祖父ちゃんに誓って、ほんとの話だ。そこを抜けりゃあ、誰にも見つかりゃしないよ」
「そいつはいいや!」ぱっと顔を輝かせたあと、ジョージョーはつと眉をひそめる。「けどフォゼ、やっぱ抜け道の出口は、衛兵が見張ってんじゃないか?」
「なにいってんだよ。秘密の抜け道なんだから、衛兵にも秘密に決まってんだろ?」
「なるほど」ジョージョーは感心してフォゼを見る。「で、その秘密の抜け道ってのは、どこにあるんだ?」
「ジョージョー」フォゼは呆れたように見つめ返した。「それを捜すのが、俺たち泥棒の務めじゃないか」