7

 レースのカーテン越しに、清らかな月の光が射していた。こんな夜、レアナはいつも、満月の光を浴びながら、やすらかな気持ちで眠りにつく。けれども||
 風が吹きつけ、ガタガタと窓を鳴らした。窓辺のサンザシのシルエットが揺れ、寝室に光と影が躍る。
 パーティでの光景がよみがえった。ヒューディと彼女の前に、突如躍りでた漆黒の馬。その馬上で剣を抜く灰色の騎士。月光にきらめく銀色の刃||
 隣の寝台で、ユナが寝返りを打った。レアナは彼女の方を見る。
「ユナ||眠れないの?」
 小さなため息が聞こえた。
「全然」
「わたしも」
「レアナ」ユナは横になったまま、レアナの方に顔を向けた。青白い月の光が、やわらかな顔の輪郭を映しだす。「さっきの話、信じる? ルドウィン王子のいったこと」
 レアナはユナを見つめた。月の光を湛え、いつになく神秘的に輝く瞳を。
「信じるわ」レアナは静かにこたえる。「なぜか、ほんとのことのような気がするの。それに、あの人は信頼できる人よ」
 王子だからというのではない。彼の瞳を見たとき、どこか心の深いところで感じたのだ。この人は誠実な人だと。そして、その心は冬の星空のように澄みわたっていると。けれども、それをどう説明したらよいのかわからなかった。
「わたしには信じられない」ユナはふたたびため息をつく。「だって、わたしはわたしよ。死んだ父さんと母さんの子で、いまはロデス伯父さんとイルナ伯母さんの子よ。フィーンの娘の生まれかわりだなんて、そんなばかなことってある? 昔話や伝説は、ただの物語として、おとなしくしていればいいのよ」
「母さんはよく、古い話の中には、必ずなんらかの真実が隠されているといっているわ」
「そのイルナ伯母さんにわけもいえずに行かなきゃならないなんて」ユナはいい、ふっと笑った。「おかしいよね。広い世界を見てみたいなんていってたのに」
「ユナ……」レアナは布団から片手をだし、ユナの方へさしのべる。
 ユナも手を伸ばしてきた。ふれた指先はひどく冷たく、レアナは思わずぎゅっと握る。幼いころから姉妹のように育ったユナ。自分の方が半年お姉さんだから、守ってあげないと。ずっとそう思ってきたのに。
 この手を離したくない。ユナを行かせたくない……。切なさに胸がつまった。
 
「人をなんだと思ってんだ? え?」
 王宮の客用寝室。フォゼは大きな寝台にでんと寝そべり、不平をたらたら並べていた。
「あんなまなこになって捜してた緑のベストが見つかったんだぞ。ダイヤの一個や二個、はずんでもよさそうなもんじゃないか」
「でも、毎日至れり尽くせりだったし、報奨金もたっぷり||
「たっぷりだと?」相棒をさぎえり、「だからおまえはダメなんだよ。ちょっと歓待されりゃ、ころっと騙されちまう。王子のあの側近、この件は他言無用、俺たちは目撃者で、身の危険がある、不安なら当面ここにいてもいいなどと、ふざけたことぬかしやがって」
「けど、フォゼ。ここの警備は万全だ。ここなら、あのおっかない灰色の奴らも||
「灰色の奴らは、俺たちには目もくれなかった。あれはただの脅しだ。俺たちの口をふさぐための真っ赤な嘘だ」
「口をふさぐんだったら、もっとてっとり早いやり方が||
「いいか、相棒。殺された男はルシナン王室の使いだった。あいつに預けたのは手紙だったっていうが、俺の勘じゃ、手紙なんかじゃない。秘密のお宝だ。それも、よほど世間様に知られたくない、いわくつきの。たとえば古代王家のサファイアとか、七色に輝く幻のルビーとか、たとえば||
「水晶」
「そう、水晶とか」フォゼは言葉を切り、「ジョージョー。そりゃ、たとえだよな?」
「いや。ほんとに水晶だよ」
「なにいっ!?」フォゼはがばっと起き上がって寝台から転がり降りると、隣の寝台に詰め寄った。「いま、なんてった!?
「そ||そんな大声だすなよ。たとえじゃない、ほんとに水晶だっていっただけだよ」
「ほんとに水晶だと? ばかやろう! なぜそれを早くいわない?」それから、はっとして、「なんでおまえが知ってる?」
「聞いたんだよ。王子と例のベストが話してるのを。さっきまた廊下で迷ってうろうろしてたら、向こうから王子たちが歩いてきて、俺、つい癖で物陰に隠れちまって」
 ジョージョーからざっと話を聞くと、フォゼは手のひらをこぶしで叩いた。
「でかしたぞ、相棒! きっと、ルシナン王室に伝わる由緒正しき水晶だ。で、あいつは確かに自分が預かるっていったんだな」
「ああ。王子は側近と偵察に出るとかで、なら、今夜は預からせてほしいって。それから||あれどういう意味だったんかな||幼なじみが一緒みたいで気が休まるって。王子はちょっと考えたあと、油断するな、部屋から一歩も出るなって釘をさしたんだ」
「よし! そいつを失敬してずらかるぞ」
「そんなぁ。せっかく見つけたのに悪いよ。それに、あれは相当わけありだ。手を出さないほうがいい。俺||なんだか嫌な予感がしてきた」
「なに寝とぼけてんだ。とてつもない幸運が転がり込んできたんだぜ。しかも、目の前に」
「あいつをだますのか?」
「人聞きの悪いこというなよ。騙すわけじゃない。ちょろそうな奴だから、わざわざ騙さなくとも、お宝を頂戴ちょうだいする方法はいくらでもあるさ」
「いくらでも?」ジョージョーは疑わしげに眉根を寄せた。
「心配すんな、相棒。俺さまにまかせとけ!」フォゼはどんと胸を叩く。
「けど、仮にそのお宝を手に入れたとして、どうやって逃げるんだ? まわりは衛兵だらけじゃないか」
「そいつもまかせとけって! 祖父ちゃんが、この王宮を築いた石工のひ孫のひ孫から耳にした話によると、地下の回廊には、外に通じる秘密の抜け道がある」
「ほんとか?」
「おう。おお貝の毒にあたって死んだ祖父ちゃんに誓って、ほんとの話だ」
「そりゃいいや! でも||抜け道の出口は、衛兵が見張ってんじゃないのか?」
「なにいってんだよ。秘密の抜け道なんだから、衛兵にも秘密に決まってんだろ?」
「なるほど」ジョージョーはすっかり感心してフォゼを見る。「で、その秘密の抜け道ってのは、どこにあるんだ?」
「ジョージョー」フォゼは呆れたように見つめ返した。「それを探すのが、俺たち泥棒の務めじゃないか」