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「ヒューディ」ユナは踊る男女を縫って歩きながら、ヒューディに呼びかける。
 その声は、オーケストラの奏でる曲や、若者たちが床を踏みならす音にかき消された。けれども、彼女の気配を察したのか、ヒューディは手すりから身を起こし、ユナの方を振り返る。
 そのときだった。白樺の木立でカンテラの灯が揺れ、しっこくの馬にまたがった灰色の騎士がおどりでた。
 一騎。続いて、もう一騎。
 ユナは悲鳴を上げる。
 先頭の一騎は、鋭いカーブを描きながら、手すりぎりぎりに駆け寄ると、ヒューディを片腕でひと抱えにした。
 次の瞬間、なにかがひゅっと風を切り、騎士はヒューディを抱えたまま、もんどりうって地面に落ちる。仰向けに倒れたその首には、短剣が突き刺さっていた。
 誰かがユナの横を駆け抜け、ひらりと手すりを飛び越えた。
 ルドウィン王子だった。
 彼はそばにあった椅子をつかみ、続く二騎目に向かって投げる。騎士は避けたが、椅子は馬の頭をかすめ、驚いた馬は、いなないてさお立ちになった。
「ヒューディ!」ユナは手すりから身を乗りだす。
 ヒューディは、自分を抱えたまま動かなくなった灰色の腕をふりほどき、身を起こして駆け寄った。ユナは彼の手をつかんでフロアーに引き上げる。
 二騎目の男は、たくみな手綱さばきで、さお立ちになった馬を制し、ルドウィンめがけて突っ込んできた。ルドウィンは、草の上に身を転がす。
 漆黒の馬は、大きく地面を蹴って手すりを飛び越え、会場は、一瞬のうちに狂乱状態に陥った。
 王室から護衛に来ていた近衛兵たちが、騒ぎに気づいて駆けつけたが、次々と騎士の刃や荒々しいひづめの犠牲になっていった。
 飲み物や料理の載ったテーブルが倒され、しょく台がひっくり返り、あちこちで火の手が上がる。
 ユナはヒューディと手に手をとって走りながらレアナを探した。いったいどこにいるだろう? こんななかで見つかるだろうか?
 と、若草色のドレスの女性が人波に押されて倒れるのが目の端に入った。
 ユナがはっとしてそちらを見たときには、ヒューディはすでに、彼女の手を離して走りだしていた。
「レアナ!」彼はレアナのもとに駆け寄る。
 ユナが続こうとしたとき、大きな影が前をよぎった。
「ヒューディ!」ユナは叫ぶ。
 ヒューディが振り返った瞬間、漆黒の馬が彼の前に躍りでた。
 馬上の騎士が剣を抜き、低い、ぞっとするような声でいう。
「預かったものはどこだ?」
 ヒューディは、レアナを後ろにかばうと、当惑と恐怖の入り交じった表情で相手を見上げた。
「密書はどこにある?」騎士の腕が上がり、銀色の刃がきらめく。
 ユナは心臓が飛びだしそうになった。なんとかしなくては||
 そのとき、誰かが駆け抜けざまにドシンとぶつかった。
 ユナはつんのめり、片足で、ぐにゃりとしたものを踏みつける。それはローストチキンの切れ端だったが、そんなことを確かめる余裕があるはずもなく、ユナは悲鳴を上げながら勢いよく床をすべって、とっさに、一番最初に目についたものにしがみついた。それが灰色の騎士の片足だとは、夢にも思わずに。
 騎士は馬から引きずり落とされ、ユナもろともダンスフロアーに転がった。
 いったいなんなのよ? ユナはうめきながら上半身を起こし、見事に汚れた胸もとを見おろす。
「あーあ、ドレスが台無し!」思わず文句をいったとき、声が響いた。
「ユナ! 伏せろ!」
 反射的に、身を伏せる。
 頭上で、鋭い金属音が響いた。落馬した騎士が剣を振り上げ、ルドウィンが燭台を投げたのだった。剣は男の手を離れ、派手な音を立てながら床をすべってゆく。
 ユナはおそるおそる頭を上げた。
「どくんだ!」
 ふたたび声が響き、ユナは転がるようにその場を離れる。
 ルドウィンは腰の長剣を抜いて、騎士に躍りかかった。相手は身をかわし、剣は急所をそれて、右肩を大きく切り裂く。
 騎士は左手で手綱をつかんで馬に飛び乗ると、灰色のマントをひるがえして手すりを飛び越え、暗い木立に消えた。
 身を低くして息を詰めていたユナは、ほっと息を吐いて立ちあがる。ヒューディがレアナを助け起こすのが見えた。
「ルドウィンさま! ご無事で?」王子の側近が駆けつける。
「だいじょうぶだ」ルドウィンはこたえ、低く耳打ちする。「例の少年を見つけた。あとを頼む」
 あたりはまだ、逃げ惑う若者や、燃え広がる火を鎮めようと懸命の作業をする兵士で、混乱していた。
「早く馬車へ」ルドウィンはユナたちをうながす。
 草地に降りたユナは、最初の一騎が短剣を受けて倒れた場所に、短剣だけがぽつりと横たわっていることに気がついた。
 ユナは眉をひそめる。死体はどうしたのだろう? もう片付けたのだろうか?
「奴のことを考えているなら」ルドウィンはすっと身をかがめ、短剣を拾う。「とっくにどこかへ逃げて、傷が癒えるまで身をひそめているよ」
「え?」
「奴らは不死身なんだ。聞いたことがないのか? あいつらが伝説の灰色の騎士だ。心臓を貫かれない限り、決して死なない。あの傷も、三日もすれば治っているさ」