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 ダンスパーティ当日、クレナの空は真っ青に晴れ渡った。
 レアナとユナの身支度を手伝いながら、イルナは、自分がダンスパーティに行った十七歳の夜のことを思いだしていた。
 あれはまるでゆうべの出来事のよう。それなのに、今夜は自分の娘たちがそのパーティに行くなんて。レアナもユナも、ついこのあいだまでほんの子どもだと思っていたのに、いったい、歳月はどこに消えてしまったのだろう?
 イルナはため息をつく。
 たったひとりの妹の、大切な忘れ形見。ユナは最近、どきっとするほど妹に似てきた。
 うれしいことがあると、ぱっと輝く大きな瞳。ふっくらした、のつぼみのようなくちびる。つややかな濃い栗色の髪……。
 先日、夫と都に行ったときのこと。小さな宝石店の店先で、その髪にぴったりの真珠の髪飾りが目にとまった。そして昨夜、一日早く成人の誕生日を祝ってユナに贈ると、彼女は飛びあがって喜んだのだった。
 ||なんて素敵なの! ロデス伯父さん、イルナ伯母さん、本当にありがとう! ずっとこんなのがほしかったの。ねえ、イルナ伯母さん、明日、髪をアップにしてもらっていい?||
 イルナは、ふわりと編み込みを入れながられんにユナの髪を結い、最後に、その月の雫のような髪飾りで留める。指先が、かすかにふるえた。
 そう遠くない将来、ユナもレアナも、自分の手を離れて、それぞれの道を歩み始めるときがくる。
 亡き両親はよく、子どもは授かりものだといっていたけれど、それより、ほんのつかのま、天から預かった存在なのだとイルナは思った。
 不意に胸がつまり、涙があふれそうになる。イルナは急いでいった。
「さ、これでいいわ」
「ありがとう、イルナ伯母さん! わたし、素敵なレディに見えるかな?」
 いつもと変わらぬ天真らんまんさに、イルナはどこかほっとする。
「ユナ。会場に着いたら、言葉遣いや立ち居振る舞いに気をつけるのよ。格好は充分に素敵なレディだから」
 ユナは最後の部分しか聞いていなかった。
「ほんと?」
 彼女はさっと立ちあがり、その場でくるりとまわってみせる。
 くるぶしまで隠れる白いシフォンのドレスが、やわらかなシルエットを描いた。品よくあいた胸もとには、ローレアの花をかたどったペンダント。妹が大切にしていたものだ。
 隣にいたレアナが、吐息をもらした。
「とってもきれいよ、ユナ。きっとルドウィン王子も目を留めるわ」
「レアナもほんとに素敵よ」ユナもレアナを見つめ、心のこもった声でいう。「生徒たちに見せてあげたいわね」
 レアナは淡い若草色のせいなドレスに身を包んでいる。ユナより少し明るい栗色の髪には、ロデスが今朝庭で摘んだクリーム色の薔薇のつぼみをさし、胸もとにはエメラルドのペンダントがきらめいている。星をかたどった小さなエメラルドは、ユナの真珠と同じく、イルナとロデスからの成人祝いで、レアナのブルーグレイの瞳は、その澄んだ緑とサテンのドレスの色を映して、ほのかな緑色を帯びている。
 いつもは地味で目立たない娘だが、よいはなんと輝いて見えることか。
 また涙があふれそうになり、イルナは娘たちの背中に手をやって、うながした。
「さあさ、ふたりとも。パスターさんが迎えにくるころよ」
 
 ユナたちが階段を降りていくと、ロデスとヒューディが感嘆の息をもらした。
「いったい、どこのお嬢さま方ですかな」ロデスはほおひげをこする。
 ヒューディは魅せられたように立ち尽くしていたが、レアナが最後の一段を降りると、こういった。
「今夜のぼくは両手に花だ」
 けれども、その視線はレアナひとりに釘付けになっていた。
 ユナはそんなヒューディの様子に気づき、明るくいう。
「ロデス伯父さん。伯父さんたちが初めて逢ったのは、このパーティだったのよね?」
「そうだな」ロデスはなつかしげにうなずき、妻の方を向く。「ちょうど今夜のレアナみたいに、髪に薔薇のつぼみを飾って、淡い黄色のドレスを着ていたっけね」
「二十年以上も昔のことよ。よく覚えてないわ」イルナはちょっとそっけなくいう。
「わたしは、よく覚えているよ」ロデスはやさしく返した。「ダンスフロアーに上がってきた姿をひとめ見て、最初のダンスに誘おうと心に決めたんだ」
「そして伯父さんたちのロマンスは、見事に花開いたわけね? 今夜もまた、素敵なロマンスが生まれると思うわ」ユナはいい、さりげなく隣のレアナを見た。
 レアナはさっと目をふせる。そのとき、表から馬車の音が響いてきた。レアナは救われたように顔を上げた。
「パスターさんだわ!」
 
 道中はにぎやかだった。パーティへの期待と不安が交錯し、誰もが興奮状態で、パスターさんが飛ばす冗談に、お腹の皮がよじれるほど笑った。
「それにしても、ヒューディ。変わってなくて安心したよ。ルシナン人になってもちっとも気取ってない」
「パスタ―さんは変わりましたね。可愛い女の子が生まれたそうだし、少しばかり恰幅かっぷくもよくなって」
「かみさんはもっと恰幅がよくなってるぞ」パスタ―さんはからからと笑う。「そういやヒューディ、週末はみんなでディーン先生のところに呼ばれてるんだってな。かみさんの実家に行く前に、ちょいと診療所に寄って、おおがまで焼いたとびきりのパンを届けとくよ」
「ほんとですか? それはうれしいな」
 パスタ―さんの大窯のパンは、近隣の村でも評判で、ヒューディはルシナンに行ってからも、無性に恋しくなることがあった。
「ああ。期待してくれ」パスタ―さんはにっこりした。
 やがて、風に乗って音楽が聞こえてきた。
 そしてほどなく、馬車は会場についた。
「わあ……」ユナは目を見張る。
 白樺の木立に囲まれた村の広場は、いつもとはまるで様子が違っていた。
 送りの馬車がそこここに止まり、着飾った男女が次々と降りてきては、中央に組まれたダンスフロアーへ向かっている。飾り彫りをほどこした手すりとかがり火で囲まれた松材のフロアーには、両側に、飲み物や料理をのせたテーブルが並び、右手なかほどでは、オーケストラが陽気な音楽を奏でていた。
 三人は、華やかな雰囲気に圧倒され、馬車から降り立ったままその場にたたずむ。
「夜明けに迎えに来るよ」パスターさんが、御者台から声をかけた。「それまで楽しんできな!」