ヒューディは、ふたたび若駒を走らせていた。
ふと、
けれど、名前で呼んだりしたら、いっそう情が湧く。若駒は、終着点に着いたら手放すつもりだった。賢い馬だ。きっと生まれ育った牧場に帰りつくだろう。
向かうは敵地。そこら中にドロテ兵や灰色どもがいる。若駒をどこかにつないで待たせておくわけにはいかない。そんなことをすれば、自分が侵入した
ただ、どうにか
ユナは伝説のルシタナの生まれ変わりだ。だが、自分はなんのとりえもない平凡な少年に過ぎない。
||ヒューディ・ローですと? まだほんの少年だ。それに、なんの戦歴もない||
||戦歴がないどころか、入隊して訓練を受けたことすらないではありませんか||
旅立つ前の作戦会議で、ルドウィンが彼を連れて行くといったとき、いっせいに上がった非難の声がよみがえる。
||ルドウィン殿下、女と子ども連れとあっては、両手に大きな荷物を抱えていくようなものですぞ||
遺跡についたら、へたに動いたりせず、助けが来るのを待つべきかもしれない。
けれど、もしジョージョーが司令部にたどりつけなかったら、ユナと彼のことを知る者はいないのだ。それに、もしそれまでにユナの身になにかあったら? 万が一、グルバダが、預言に
その後しばらく走って、もう一度短い休みを取ったあと、ヒューディは
ほとんどがマレンの木で、この国に入った当初まだ青かった実は、いまや太陽のもとで金色に輝き、みずみずしく甘酸っぱい香りを漂わせている。
空腹の胃が、なにかよこせと訴えた。ルドウィンから生の実には毒があると聞いていたが、これだけ熟していればだいじょうぶではないか。
いや。若駒は見向きもせずに駆けている。手を出さない方が
その若駒が、森を抜けたところで立ち止まった。なにかを聞きつけたように耳をピンと立てる。
ヒューディは、傾き始めた太陽に目を細め、片手をかざして行く手を見晴らした。その先は下り斜面になっており、眼下には、ゆるやかに
このまま進むと、その川にかかる橋を渡ることになるが、橋の手前には検問所があった。河畔では、衛兵が剣の手合わせや弓の稽古をしている。その
「そうだな、相棒」ヒューディは、湯気を立てている若駒の首をぽんぽんと叩く。「
見渡す限り、橋はそのひとつだけだったので、ヒューディは浅瀬を渡ろうと下流に向かった。
下流は穏やかそうに見えたが、実際にたどりついてみると、遠くから見るよりずっと流れが速かった。
しかし、若駒はすこぶる落ち着いており、ヒューディの意志を感じとって、迷わず水に入ってゆく。中ほどの、最も深く流れが速いところでも、その足はしっかり水底をとらえ、広い流れを渡りきった。
「いいぞ。よくやった」ヒューディは、冷たい水をしたたらせている友を、やさしくねぎらう。
対岸にはこんもりとした木立があり、赤い実がたわわに実っていた。スモモのようだ。
ヒューディは空腹を通り越して目が回りそうだった。若駒も、迷わずそちらに駆けてゆく。
彼らは、新鮮な果実を思い思いにかじった。午後の陽ざしは強く、ずぶ濡れになった身には、すこぶるありがたかった。
とはいえ、すっかり乾くまで休んではいられない。革の水筒に澄んだ川の水をたっぷり汲むと、ヒューディは追跡に戻る。
ユナは無事だろうか。いまごろもう迷宮の発掘現場に着いているだろうか。たったひとりで、どんなに怖い思いをしているだろう。
待ってろ、ユナ。いま行くから。きっと、きみを助けるから。
次第に日が傾くなか、ヒューディは心に誓い、ひたすら若駒を走らせた。
薬草の匂いがした。喉が焼けるように痛み、全身の節々もひどく痛む。
人の気配がした。目をあけようとしたが、まぶたが鉛のように重い。そのとき、左手首にかすかなさざめきを感じた。
ダイヤモンドのブレスレット||。
次の瞬間、誰かがその手首にふれ、袖のボタンを外した。
やめて! ユナはパニックになる。
これだけは渡せない。このブレスレットは、わたしを守り、この世界につなぎとめる最後の
必死に
ブレスレットが外され、衝撃が心臓を貫く。そしてユナは、射止められた鳥のように、暗闇に落ちていった。
第27章(2 / 2)に栞をはさみました。