第26章
その後、疲れを知らぬ
灰色は十騎前後。ユナを襲った際は、近くで待ち伏せしていたのか。あるいは、いつかルシナンの草原で襲ってきたときのように、音を忍ばせて近づいてきたのだろうか。
ヒューディはくちびるを
連合軍の情報によると、グルバダは、ルシタナの生まれかわりよりも先に光の剣を手にすべく、長年にわたってダイロスの迷宮跡を探していたという。そして、ついにその遺跡を探しあて、対をなす影の剣を見つけたが、光の剣は見つからなかった。
これまで彼が、ユナを生け捕りにしようとしていたのは、おそらく、彼女を使って光の剣を探すためだ。しかし、剣はすでにそこにある。そしてグルバダは、すでにその知らせを受けているのではないか?
もしもグルバダが、、預言の成就を恐れ、剣が見つかり次第、ユナを殺すように命じていたら? そして、灰色どもは、その証拠に彼女の
落ち着け、ヒューディ。奴らは、剣とともに、ユナを連れてくるよう命じられているに違いない。
二千年前、大いなるダイヤモンドを失ってから、フィーンには、新たな子は生まれなくなった。しかし、ランドリアが人間だったために、エレタナとのあいだにルシタナが生まれたのだ。
ルシタナは、いわば、フィーンの血を引く最後のひとり。しかも、フィーンの王の正統な
グルバダは当然、ユナには人質としてきわめて高い価値があることに気がついている。ならば、むやみに傷つけたり命を奪ったりすることはすまい。
ヨルセイスは、灰色の騎士は眠らないし、彼らの漆黒の馬は疲れを知らずに何日も走り続けるといっていた。
だが、大切な人質を消耗させるような無茶な走りはしないはずだ。おそらく、休息だってとる。
すべて希望的な観測かもしれない。けれど、ヒューディはそれに賭けた。
ユナは
背後から暗黒が迫ってくる。敵意を抱いた底知れぬ
走り出したとたん、ぬかるみに足を取られて腰まで埋まった。
ああ、追いつかれる||。恐怖に駆られながら、ユナは振り向く。
霧の向こうから黒い波が押し寄せてきた。波の先から氷のような手がぐっと伸び、彼女の喉もとをつかむ。
ユナは声にならない悲鳴を上げた||。
風がほおをかすめ、ユナははっと
降るような星空が見えた。せせらぎの音と
どうしてこんなところに?
そう思ったとたん、記憶がよみがえった。
深夜の牧場。背後の茂みから飛びだしてきた黒い影。
逃げなきゃ!
反射的に飛び起きようとする。が、身体がひどく重く、動かすことができない。
「もう少し休んだほうがいい」
低い声がした。ひどくしゃがれている。これまで聞いた灰色のものとは、明らかに異質な声。
「彼らは休む必要はないが、われわれには必要だ」
われわれ……。
話しているのは人間なのか? あの鋼のような冷たい腕の感触は、まぎれもなく灰色のものだったが、人間のドロテ兵も一緒なのだろうか?
声がした方を向こうとしたとたん、強い目まいに襲われ、地面がぐるぐる回り始めた。
しゃがれ声が、またなにかいう。そして、なにも聞こえなくなった。
気がつくと、
ユナはゆっくりと上体を起こす。目まいはおさまっていたが、まだ少し頭がぼうっとして、身体中がひどくだるく、あちこちが痛んだ。
そこは、広々とした盆地状の草原だった。
ところどころに
「目が覚めたようだな」
突然近くで声が響き、ユナは飛び上がりそうになる。
揺らめく炎の向こう、真っ黒なマントを
「ちょうどよい。じき出発だ」ゆうべと同じしゃがれ声。
ユナは黙って相手を見つめる。
ほおがこけた、神経質そうな男だった。マントの上からでも、
ユナは、無意識のうちに自分の腰に手を伸ばす。しかし、そうしなくとも、もはやなにもないことはわかっていた。将校の剣の片方は、美しい銀の
「それ、あなたの剣じゃないわよ」ユナは冷ややかにいう。
恐怖心よりも、悔しさと怒りのほうがまさっていた。ルドウィンが命を
「そう。わたしのものではない」将校は表情ひとつ変えずにこたえた。「これは、グルバダ
「違うわ。フィーンのものよ」ユナはきっぱりという。
将校は、鼻先でわずかに笑っただけだった。ユナがいったことには、とりあう価値すらないとでもいうように。
ユナはくちびるを噛み、両手をぎゅっと握りしめる。と、左手首に、微かな振動があった。
ダイヤモンドのブレスレット||。
思わず手首に目を落とし、すぐにはっとする。
ドロテ将校は、どこか
将校は後ろを向き、飲み物のカップを抱えた片手を掲げた。
そのときになってはじめて、ユナは、片ひざをついた灰色が、将校の数歩後ろに控えていることに気がついた。
灰色は、合図を受けてさっと立ちあがる。背の高い男だった。
「イーラス大佐」こもったような声で、将校に応じる。
「娘に、飲み物とパンを」
「承知しました、大佐」
ユナはほっと胸をなでおろす。どうやら、気づかれたのではなかったようだ。
彼女は、まだなかばぼうっとしている頭を、懸命に回転させる。
光の剣は奪われたが、イーラス大佐と呼ばれた将校も、牧場で彼女を襲った灰色も||おそらくその灰色がここまで彼女を抱えてきたのだろうに||ブレスレットには気づいていない。
ユナ自身も、いまダイヤモンドがさざめくまで、その存在をまったく忘れていた。三粒のダイヤモンドは、おそらく、ずっとなりをひそめていたのだ。そうすることで自らを守るかのように。
そしていま、ダイヤモンドはその不可思議な力で、ユナのことを守っているのではないか。
灰色が目の前に来て、飲み物とパンをさしだした。その匂いにむっときて、たちまち吐き気に襲われる。
片手で口を