25

 傾きかけた陽が、それでもまだ焦げつかさんばかりに、ふたりの放浪者に照りつけていた。
 むなしい探索に疲れ、馬に揺られたまま、ヒューディもジョージョーもすっかり口数が少なくなっている。ブレスレットを見つけたあと、川に沿って下りながら、河畔周辺を探しているが、いまだになんの手がかりも得られていない。
 ヒューディはこの際、さばきの森だろうとなんだろうと分け入る気になっていたが、河畔近くに小さな森はいくつかあったものの、そのような恐ろしげな森は、どこにも見あたらなかった。きっとただのうわさに過ぎないのだろう。
 それより、もっと探す範囲を広げるべきだろうか。そう思いながらジョージョーの方を見ると、こっくりこっくりと舟をこぎ、いまにも落馬しそうになっていた。
「ジョージョー、ちょっと休むか?」
 ジョージョーははっと目をあける。
「いや||だいじょうぶだ。それよか、暗くなる前に見つけよう」
「そうだな」ヒューディはうなずく。
 橋の欄干らんかんの傷痕が、頭から離れない。
 あれは襲撃のあとだろうか。ユナは橋で襲われ、ブレスレットを落としたのだろうか。欄干の傷は、外側の方がはっきりと刻まれていた。いったいなにがあったのだろう? ユナが襲われたのだとしたら、連れ去られたのだろうか? それとも||
 ヒューディは流れを見やった。水はいまだ嵐の名残でにごり、ところどころうず巻きながら勢いよく流れている。昨日はもっとひどかったに違いない。彼はユナが泳げないのを知っていた。
 不安を振りはらうように顔を上げる。地平線にかかる雲が、淡いオレンジ色に染まりつつあった。
 前向きに考えよう。ユナはだいじょうぶだ。きっと、どこかで生きている。
 ヒューディはづなを握る手に目をやった。ユナのブレスレットは左手にめ、長い袖の内側に隠してある。かつてルシタナが身につけていたというダイヤモンド。フィーンの聖なるダイヤモンドの欠片……。
 と、なにか不思議な感覚が、その左手首から伝わってきた。
「ジョージョー!」彼はささやく。「ブレスレットがなにかいってる」
「え? なになに?」ジョージョーは耳をそばだてた。「俺、なにも聞こえないけど」
「そういう意味じゃなくて、なんていうか、感覚としてなにかが伝わってくるんだ。もしかして、ダイヤモンドとダイヤモンドが呼び合ってるんじゃないかな。つまり、このブレスレットのダイヤと、光の剣の大いなるダイヤモンドが」彼はいい、ジョージョーに馬を寄せる。
 ヒューディが差しのべた左手首に手をふれ、ジョージョーはぱっと顔を輝かせた。
「ほんとだ! なにか感じる!」
「ユナは無事だ。きっと、そう遠くないところにいるんだよ!」
「なあ」ジョージョーが声を落とす。「どうする? もしも、そのブレスレットの呼びかけてる相手が、ユナが持ってる光の剣じゃなくて、誰かそれを奪った奴が持ってる||
 自分に注がれたヒューディのまなざしに、ジョージョーは口をつぐんだ。
「なんかいったか、ジョージョー?」彼は眉を上げる。
「いや||なにも」
「よし。急ごう!」ヒューディは左袖をまくりあげる。大粒のダイヤモンドが、ものいいたげにキラッと明るい光を放った。「ユナのもとに導いてくれ」彼はダイヤモンドにささやく。それから、アリドリアスの首を、その左手でやさしくなでた。「頼むよ、アリドリアス」
 ダイヤモンドの光が伝わったかのように、アリドリアスは勢いよく河畔を駆けだした。
 
 流れに沿って走っていたアリドリアスが、方向を変えた。
 黄昏たそがれの空の下、トネリコの森が見えてくる。アリドリアスは、かっこたる足取りで、その森に向かった。ジョージョーもあとを追ってくる。
 アリドリアスが足を緩めた。
「どうした?」ヒューディが声をかけたとき、木立のなかに、淡い光がぼうっとと浮かびあがった。
 はっとして、目を凝らす。
 紫色に沈むトネリコの木立のなか、銀色の光を帯びた、大きな狼が姿をあらわした。
 月光のように輝くたてがみ。堂々としたたい。この世のものとは思えぬほど神々しい姿||。そして、そのかたわらを、ほっそりとした少女が歩いてきた。ヴェールのようなストールを夕風になびかせ、あたかも、森の精霊のように。
 ヒューディの左手首で、大粒のダイヤモンドが、青く、歌うようにさざめいた。
 
 ユナとヒューディとジョージョーが抱擁を交わすあいだ、銀色狼とアリドリアスは、やさしく身体を寄せ合った。長いあいだ会わなかった古い友だちに会ったかのように。
 気がついたときには、銀色狼の姿はなかった。ユナは来し方を振り返る。トネリコの木立に淡い銀色の軌跡がきらめき、そして、消えていった。
「ユナ||本当によかった」ヒューディはもう一度彼女を抱きしめ、「そうだ、これ||
 彼は身体を離して左袖をまくる。ダイヤモンドの光がきらきらとこぼれ、ユナは息を呑む。
「どこで見つけたの?」
「上流の橋の上で」
 ルドウィンを見たあの橋だ……。そう思うと、また胸がつまった。
「このブレスレットが、きみのもとへと導いてくれたんだよ」
 ユナはブレスレットを受けとり、左腕にめると、長い袖でおおった。レクストゥールの用意してくれた衣装は、厚みのある袖の先端にボタンがいくつも並んでいる。ユナは、すべてのボタンをしっかりと留めた。
 それから彼女は、レクストゥールに渡された地図を見せ、要所要所を指して、新しい司令部への道を教えた。ふたりとも方向感覚がよく、しっかり頭に入ったようだった。
「よし、行こう」ヒューディがいう。「ユナ、とりあえず相乗りだ」
「すぐに一頭調達できるよ」とジョージョー。「ちょうどこの先、南部の山裾のロサは駿しゅんの産地だ。繊細せんさいで軍馬には向いてないから、きっと今もいい馬がいる」
「詳しいんだな」
「死んだ親父が馬の専門だったんだ。世界中の馬のことを知ってた」
「馬の専門って、どんな仕事?」ユナが聞く。
「馬泥棒」ジョージョーはこたえ、ちょっとばつが悪そうに笑った。「だから、任せといて」
 そして彼らは、宵闇が降りたテタイアの大地を北へと向かった。