22

 砂嵐のなか、アリドリアスは本能に駆り立てられるように走った。ヒューディは振り落とされないようしっかりとまたがって、ルドウィンの愛馬が導くにまかせる。ごうごうとうなる風の音が耳をつんざき、砂粒が全身に激しく叩きつける。ユナとジョージョーがだいじょうぶか、何度も確かめようとしたが、目を開けることができない。
 不意に、アリドリアスが足を緩めた。
 なんだろう?
 どうにか前方を見ようと、ヒューディは片手をかざして薄目を開ける。砂嵐の中は夕暮れ時のように暗い。
 と、なにかが、影のように浮かび上がった。羊飼いの小屋のようだ。
 振り返って目を凝らす。砂が渦巻く闇のなか、ぼうっと馬のシルエットが現れた。
「ユナ!」ストールを口から外して叫ぶ。
 一瞬にして、口じゅう砂だらけになったが、かまわずもう一度叫んだ。
「ジョージョー!」
 シルエットはくぐもった声でなにか応え、こちらに駆けてくる。ジョージョーだ。ヒューディに馬を寄せ、ストールをゆるめて聞いた。
「ユナは?」
 
 激しい嵐に取り囲まれ、粗末な木の小屋は、いまにも吹き飛ばされそうだった。扉や壁の隙間から入り込む砂で、あちこち吹きだまりができている。壁には小さな窓が二か所あったが、黄色みを帯びた闇が見えるばかりだ。
 その薄闇のなか、少年たちは、自分たちの身体や衣服、馬のたてがみと全身、馬具や荷物にいたるまで、あらゆるものから砂を落とした。ヒューディは、テタイア式の白いストールの下に、故郷から身につけていた緑のスカーフを重ねていたが、砂はそのスカーフの中まで入り込んでいる。
 ふたりとも言葉少なで、互いにユナのことを考えているのがわかった。
 ヒューディは、アリドリアスの鬣にブラシをかけ、やわらかな毛のあいだにびっしりと詰まった砂を落としながら、自責の念にさいなまれる。
 本当に、なんておろかだったのだろう。ユナを先に行かせるべきだったのだ。自分が彼女を守って、あとを走るべきだった。どうしてそんなことがわからなかったのか。
 ルドウィンの声が耳にこだまする。
 ||ユナはきみのことを誰よりも頼りにしている||
 ||どんなときも目を離さないで、そばにいてやってくれ||
 ヒューディはくちびるをむ。あのとき、もちろんだよとこたえたのに……。
 いまは待つべきだとわかってはいたが、すぐにでも捜しに行きたい衝動に駆られ、ヒューディはいてもたってもいられなかった。そんな彼の隣で、食料袋を逆さにして砂を落としながら、ジョージョーがつぶやく。
「ユナ、いまごろ心細い思いをしてるよな。もしドロテの奴らにつかまってたら、どうしよう」
「この砂嵐じゃ、奴らだって身動きとれないさ」ヒューディはこたえた。ジョージョーにというよりは、自らにいい聞かせるように。
「そうだよな」ジョージョーはうなずく。
 それから、ガタガタと大きな音を立てて恐ろしいほど揺れる天井を見あげた。
「この嵐のせいで、ユナとはぐれることになったけど、おかげでドロテ騎兵を振り切れたんだもんな。でなきゃ、俺たちいまごろあの世行きで、ユナは捕まってたよな。けど、もしユナが、この砂嵐で生き埋めになってたら||
「ジョージョー」ヒューディは、さっとさえぎる。「ユナはフィーンの娘の生まれかわりだ。俺たちよりずっと勘が鋭い。きっとどこかに避難しているよ」
「そうか。俺たちだって、こうして避難してんだもんな」
「ああ」ヒューディは強くうなずく。「とにかく、嵐がやんだらすぐに捜しに行こう」
「そうだな。じき、やむといいけど……」
 ジョージョーの声が暗く沈んだ。上衣のポケットをひっくり返して、たまった砂を払いながら言葉を継ぐ。
「ひい祖母ちゃんによると、テタイアの砂嵐は、ひどいときは二日も三日も吹き続けるんだ。デューの友だちのワイス大尉がいってたろ? この前テタイアにいたとき、三日間洞窟に閉じ込められたって」
 ヒューディも、その話はよく覚えていた。
「ともかく、早くおさまるよう祈って、おさまり次第ユナを捜そう。ユナも使者の言葉を聞いていた。いままでのルートと違う道を行くはずだ」
「そうだな」ジョージョーはうなずく。「ところで、俺たちいま、どこにいるんだ?」
 ヒューディはブラシをかける手を止める。ジョージョーも手を止め、ふたりは黙って互いを見た。
「あの山あいの村から、それほど来てはいないよな」ヒューディが沈黙を破る。「少し下ったさんろく付近にいるんだと思う。ずっと下りだったろ?」
「俺、逃げるのに夢中で、よく覚えてない」
 ジョージョーはそういったが、ヒューディはそれだけは確信があった。
「ユナも、それほど遠くへは行ってないはずだ。太陽が顔を出したら、方角を確かめて、この近辺を捜そう。嵐がやめば、ドロテ軍も動きだす。彼らがユナを見つける前に見つけないと」
 
 砂嵐は、襲ってきたときと同じように、唐突に去っていった。
 恐ろしいほどだった風の音が、ふと弱まったかと思うと、あっというまに静かになり、外がみるみる明るくなる。砂嵐が思ったより早くやんだことも、を間近にひかえ、昼が一番長い時期であることも、幸運だった。小屋を取り囲むように砂が積もっていて、扉を開けるのに手こずったが、まだ黄色くにごったような空には、オレンジ色をした太陽が輝いていた。
「よかった。日没にはまだ間があるな」ヒューディはいい、彼らはユナを捜し始める。
 思った通り山麓近くまで降りていたが、そのあたりは森と荒れ地が混在し、思いのほか起伏が激しく、うだるような暑さのもと、ひどく体力を消耗した。
 陽が傾き、黄昏たそがれが近づいても、手がかりひとつ見つからなかった。
「よし。二手に分かれよう」ヒューディはいい、ジョージョーの顔がひどく青いことに気がついた。「だいじょうぶか?」
 ジョージョーはすぐにはこたえず、はっとしたように、ああとうなずく。
「ちょっとそこの木陰に入ろう」ヒューディはいった。
「ごめん||休んでる場合じゃないのに」
「いいさ。このままだとミイラになりそうだ」ヒューディは地面に降り立って空を仰いだあと、アリドリアスを引いて木陰に向かいながらため息をついた。「ひと雨降ってくれないかな」
「そういや、俺、あまいのまじないを知ってるよ」
「まじない?」
「うん。昔、ひい祖母ちゃんが教えてくれたんだ」
「試したことあるのか?」
「一度も」ジョージョーはかぶりを振る。「長い呪文を三度唱えなきゃならなくてさ、あまりの長さに、いつも息切れしちまって、最後までいえたためしはないんだ。けど、この際だ。やってみるよ」
 木陰に入ってヒューディに手綱を預けると、ジョージョーは目を閉じ、ひとつ大きく深呼吸した。それから、ゆっくりと呪文を唱えはじめる。
「ナダラム、プルダーム、アンダラーム、イラシア、カラシーア、ハンラシーア……」
 ジョージョーがまだ一度目の呪文もいいおえないうちに、突如ゴーッと風がうなった。地平線から暗雲が沸き立ったかと思うと、みるみる空全体をおおい尽くし、あたりが夜のように真っ暗になる。
 ぴかっと稲光が走り、バケツの水をひっくり返したような土砂降りになった。木陰だというのに、彼らはあっという間にびしょ濡れになる。
「効きすぎだよ!」とヒューディ。「どこかしのげる場所を探そう」
 彼らは馬を走らせた。風も絶え間なく吹きつけて、本格的な嵐になりそうだ。雷が光るたび、ジョージョーは悲鳴を上げ、片手で頭を抱えるように馬にしがみつく。
 ようやく小さな洞穴が見つかった。
「で、ジョージョー」中に入って、アリドリアスの背からくらをはずしながら、ヒューディはいう。「ひい祖母ちゃんは、魔女かなにかだったのか?」
 
 ユナは、激しい雨に打たれながら、木立のなかを駆けていた。
 洞窟を見つけて砂嵐をやり過ごし、嵐がやんだあと、ヒューディとジョージョーを捜していると、突然豪雨に見舞われたのだった。
 雨は風をともなって四方八方から吹きつけ、あれほど暑かったのがうそのようだ。ローレアと彼女の全身にこびりついた砂を洗い流してくれるのはいいが、いまや、身体の芯まで凍えそうだった。
「まったく、テタイアの天気は中庸ちゅうようってことを知らないの?」そう文句をいったとき、一瞬ちらっと明かりが見えた。
 ユナは目をしばたたく。
「ローレア、見えた?」
 ローレアはぶるんと耳をふるい、そちらに向かって走り続ける。
 もう一度明かりが見えた。今度は、はっきりと。雨に煙る木立のなか、見捨てられたかのように、ぽつりと一軒小さな家が建っており、窓に明かりが灯っているのだった。
 ごく質素な丸木造りの家だ。けれどもユナには、黄金の宮殿にも等しく思われた。
 ローレアから飛び降りると、ユナは割れんばかりに扉を叩いた。