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 ここは朝陽の間。その名があらわすように朝の光がさんさんと降りそそぎ、各国の代表が、地図が広げられた大きな円卓を囲んでいる。ユナとヒューディも臨席し、テタイアから戻った密使の言葉に、真剣な面持ちで耳を傾けていた。
「ヴェテールを落としたあと、敵はちくの勢いで進んでいます。逆らう市民はことごとく連行し、見せしめの処刑もあとを絶ちません。わたしも何度か、目をおおいたくなるような光景に出遭いました」
 密使は、デューの旧友ワイス大尉。ゆうべ紹介されたときは、やさしい空色の瞳が印象的だったが、いまその表情はきりりとひきしまっている。
「すでにご承知の通り、内戦の黒幕は、グルバダ将軍にほかなりません。ほんを起こしたイナン王子は、いまや死の床にあり、グルバダを元帥に任命し、すべての権限を委ねました。ドロテ軍のあいだでは、こう信じられています。グルバダこそダイロスの生まれ変わりであり、彼が二千年前の迷宮跡を探りあて、伝説の影の剣を発掘したことで、幽鬼のごとくさまよっていた灰色の騎士たちが、ふたたび彼のしもべとして跳梁ちょうりょうをはじめたのだと」
 朝陽が射しているにもかかわらず、部屋が暗くかげったように思われた。
「ドロテ軍は、迷宮跡で大規模な発掘を続けています。もうひとつの伝説の剣、フィーンのダイヤモンドでできた光の剣を求めて||。二本の剣が合わさると、人に永遠の命を与えることができるといいます。見つかれば、グルバダは絶大な力を手にすることになるでしょう」
 水を打ったような沈黙。大尉は円卓上の地図の一点を指す。
「グルバダは現在、ここアデラで指揮を執っています。紺碧こんぺきの川沿いに、北の本拠地からヴェテールをへて」地図を指でたどり、「アデラに至るすべての街、すべての港は敵の手中にあります。彼らの進軍を止めて首都を守るには、かなりの援軍が必要でしょう」彼は議長を務めるトリユース将軍を見た。「わたしからは以上です」
「ご苦労だった、ワイス大尉。では諸君、大尉の報告を踏まえて作戦を詰めよう。第一に援軍の派遣。第二にヴェテール奪還だっかんだ。まずは、援軍の派遣に関して、大まかな作戦計画を説明する。その後、忌憚なき考えをお聞かせ願おう」
 
 第一の作戦はすぐに議論がまとまった。だが、第二の作戦は難航した。
 ヴェテールは陸路と水路の交わる要衝ようしょうだ。崩せば一気に敵の士気をくじくことができるが、目の前を流れる大河には、ドロテ側についた艦隊が連なり、背後には険しいシャナイ山脈がそびえている。
 万策尽きたと思われたとき、デュー・レインが立ち上がった。
「シャナイ山脈を越えて、東から攻めましょう」
 一斉にざわめきが起こった。
「なんと無謀な! シャナイ山脈を越えた者の話など聞いたこともない」
「シャナイは神の山だ。分け入るのもはばかられる。越えるなど、もってのほかですぞ」
「第一、馬では無理だ」
「諸君、静粛せいしゅくに!」トリユース将軍が、それを制する。「続けたまえ、レイン少佐」
 デューは礼をいい、言葉を継いだ。
「難攻不落のヴェテールにおいて、唯一守りが薄いのが、シャナイ山脈に守られた背面です。シャナイ越えの話は聞いたことがないかもしれません。その盲点を突くのです」
「そういうことを口にするのは、一度試してからにしてくれんかね?」テタイアの将校がばかにしたようにいう。
 デューは静かに彼を見た。
「すでに試しました。三年前、越えたことがあるのです」
 円卓を囲む者たちのあいだから、驚きの声が漏れる。
「どこかほかの山と勘違いされていませんかな」将校はいった。「仮にあなたが行けたとして、そんな作戦は自殺行為だ。いったい、どこの部隊がついて行くというのです?」
 あちこちで同意の声が聞こえるなか、りんとした声が響いた。
「フィーンの部隊が参ります」エレタナだった。「現在、七千騎の弓矢部隊がランカの駐屯地に向かっています。うち三千七百騎を、レイン少佐のおともといたしましょう」
「わたしが率いて参ります」彼女の隣で、ヨルセイスがいう。
「もちろん、わたしもおともします」こう発言したのは、密使を務めた若き大尉だ。笑顔でデューを見つめ、「現地の事情に通じている者が必要でしょう」
 ことは決まった。異議を唱える者はなかった。
「もうひとつ。最後の議題だ」将軍はいった。「二千年前、フィーンの王はこう警告された。『輝ける生命の象徴である聖なる石は、それがフィーンの国にあらば大いなる幸いとなる。それが人の国にあらば大いなる災いとなる』」
 将軍はエレタナに目をやり、エレタナは、その通りですというように瞳でうなずく。
「ダイロスは耳を貸さず、人の世界は滅びた。今度こそわれわれは、光の剣となったフィーンの聖なる石を取り返し、エルディラーヌに還さねばならない。それができるのはただひとり。レクストゥール殿が預言した、さだめられし者||ルシタナの生まれかわりだ」
 ユナは息をのんだ。すべての視線が彼女に集まる。
「ユリディケ」将軍は、緊張するユナをするように見つめ、「その若さでは、重すぎる荷であろう。だが、勇気を持って臨んでほしい。ルドウィン殿下がそなたとともに行く。少数精鋭の目立たぬ旅とすべく、同行者はあと一名としたい」
 ユナはちらっとヒューディを見た。その表情は沈んでいる。昨日の午後、彼は自分も行きたいとルドウィンに訴え、一言のもとに断られていた。ユナも、これ以上ヒューディを危険に巻き込みたくはなかった。彼にはもう充分助けてもらっている。
「ここには素晴らしい武人がお集まりだが」将軍は一同を見まわし、「その中から、この内戦で数々の武勲を立てられた、テタイア王立軍のガデス大佐を推薦させていただこう」
 ガデス大佐||。テタイア訛りの習得につきあってくれたこともある、陽気で気さくな人物だ。大きな拍手が起こり、大佐が会釈でこたえる。
「ガデス大佐、ありがとうございます」ルドウィンが笑顔でいった。「大佐がご同行くだされば、さぞ心強いでしょう。しかしながら、わたしはヒューディ・ローを連れて行きます」
 ユナは耳を疑い、ヒューディも呆然とルドウィンを見る。一斉に反論が巻き起こった。
「ヒューディ・ローですと? まだほんの少年だ。それに、なんの戦歴もない」
「戦歴がないどころか、入隊して訓練を受けたことすらないではありませんか」
「ルドウィン殿下、女と子ども連れとあっては、両手に大きな荷物を抱えていくようなものですぞ」こういったのは、デューのシャナイ越えにしつこく反対した将校だ。
 ユナの冷たい視線に、将校は口をつぐんだ。
「彼は十七歳の成人を迎えています」ヨルセイスがいう。「彼は素晴らしい乗り手で、剣術も筋がよく、音感も優れ、いまではテタイア人と同じように話せます。それに、気心が知れた幼なじみがいるということは、なにより彼女の力になるのではないでしょうか」
「にわか仕込みの剣術など、クソの役にも立ちますまい」先ほどの将校が鼻で笑った。
「中佐」トリユース将軍が厳しい声でたしなめ、ルドウィンに向き直る。「殿下、この場にふさわしからぬ発言があったこと、議長として深くお詫び申し上げます。されど、ことの重要さをかんがみると、やはりここは経験豊富なガデス大佐が適任かと」
「トリユース将軍。われわれは戦場に行くのではありません。それに、ヒューディ・ローはわたしがもっとも信頼する男です」
「ルド……」ヒューディは瞳をうるませ、ガデス大佐が笑顔でいう。
「わたしには、やはり戦場のほうが性に合っていますよ」
 会議が終わると、ヒューディはルドウィンに駆け寄った。
「ありがとう、ルド!」
 ルドウィンは表情ひとつ変えなかった。
「荷物になったらいつでも捨てるぞ。わかったな」