16

 ここは朝陽の間。その名があらわすように朝の光がさんさんと降りそそぎ、各国から館に集まった代表の半数が、地図が広げられた大きな円卓を囲んでいる。ユナとヒューディも臨席し、テタイアから戻った使者の言葉に、真剣に耳を傾けていた。
「ヴェテールを落としたあと、ドロテ軍は、首都メルセダを目指してちくの勢いで進撃しています。地方の街を次々と陥落させ、逆らう市民は幼い子まで収容所に連行し、見せしめの処刑もあとを絶ちません。わたしも何度か、目をおおいたくなるような光景に出遭いました」
 使者は二十代の大尉で、デューの旧友だった。ゆうべ紹介されたときは、やさしい空色の瞳が印象的だったが、いまその表情は、きりりとひきしまっている。
「すでにご承知の通り、この内戦の黒幕は、グルバダ将軍にほかなりません。内戦が勃発ぼっぱつした当初から、陰で糸を引いていた人物です。ほんを起こしたイナン王子は、いまや死の床にあり、グルバダを元帥に任命し、すべての権限を委ねました。彼は、名実ともに、最高指揮官となったのです。
 ドロテ軍のあいだでは、こう信じられています。
 グルバダこそ、ダイロスの生まれ変わりだと。彼は、二千年前の迷宮跡を探りあて、伝説の影の剣を発掘したのだと。そして、それゆえ、幽鬼のごとくさまよっていた灰色の騎士たちは、彼のしもべとなったのだと」
 朝陽が射しているにもかかわらず、部屋が暗くかげったように思われた。ユナは寒気を覚え、無意識に腕をさすった。
「ドロテ軍は、蒼穹そうきゅう山脈から迷宮のせきにいたるすべてのルートをおさえ、周辺一帯で大規模な発掘を続けています。フィーンの大いなるダイヤモンドで造られた光の剣||いまではダイロスの剣と呼ばれる、もうひとつの伝説の剣を求めて。
 二本の剣の力が合わさると、人に永遠の命を与えることができるといいます。それが見つかれば、ドロテ兵からあらたな灰色の騎士が次々と生まれ、グルバダは絶大な力を手にすることになるでしょう」
 沈黙が落ちた。ここには、灰色の騎士と戦ったことのある者が何人もいる。誰もがその恐ろしさを身に染みて知っていた。
「グルバダがまなこになって探しているもうひとつのもの||いえ、人物は、伝説のルシタナの生まれかわりです。光の剣を手に、影の力を止めると預言された、さだめの者です」
 ユナは息をのんだ。すべての視線が彼女に集まる。
 大尉は、ユナをするように、温かなまなざしで彼女を見つめた。それから、円卓上の地図に目を向ける。
「グルバダは現在、アデラで指揮を執っています」
 大尉は腕を伸ばし、地図の一点を指さした。
「ここです。ヴェテールに次ぐ大きな港があり、南の最前線から」指で地図をたどって、「アデラ、ヴェテールに至るすべての街、すべての港は敵の手中にあります。ドロテ軍の勢いを止めるには、かなりの援軍が必要になるでしょう」
 大尉は報告を終え、トリユース将軍が彼をねぎらった。
「ご苦労だった、ワイス大尉。では、諸君、今回の報告を踏まえ、これまで話し合ってきた作戦を詰めていこう。第一の作戦は、援軍の派遣。第二の作戦は、ヴェテール奪還だっかん。そして最後に、ダイロスの剣の探索だ」
 ユナはどきっとしたが、将軍はすぐに言葉を続けた。
「まずは、援軍の派遣に関して、大まかな作戦計画を説明する。その後、忌憚なき考えをお聞かせ願おう」
 
 活発な議論が交わされ、第一の作戦はすぐにまとまった。だが、第二の作戦は、そうはいかなかった。
 ヴェテールは陸路と水路が交錯する要衝ようしょうだ。崩せば一気に敵の士気をくじき、メルセダから挟み撃ちにできる。
 しかし、目の前を流れる大河には無数の艦隊が連なり、背後には険しいシャナイ山脈がそびえていた。守るには最高の砦だが、攻めるには難攻不落の要塞といっていい。敵に落とされたときのように、内部に裏切り者でもいない限り、奪還は不可能に思われた。もはや味方を潜入させる時間はなく、水軍のほとんどはドロテ側についており、川を下って攻めることはままならないし、陸路もすべて絶たれている。
 万策尽きたと思われたとき、デュー・レインが立ち上がった。
「シャナイ山脈を越えて、東から攻めるべきです。それしかありません」
 一斉にざわめきが起こった。
「シャナイ山脈を越えた者の話など、聞いたことがない」
「なんと無謀なことを。実際の険しさを知って発言しておいでか?」
「シャナイ山脈は険しいだけじゃない。神の山だ。分け入るなんて、とんでもない」
「第一、馬では無理だ」
「諸君、静粛せいしゅくに!」トリユース将軍が、それを制した。「続けたまえ、レイン少佐」
 デューは礼をいい、言葉を継ぐ。
「強固な守りのヴェテールにおいて、唯一守りが薄いのが、シャナイ山脈に守られた城の背面です。その盲点を突くのです。シャナイ山脈を越えた者の話は聞いたことがないかもしれませんが、だからといって、不可能と決まったわけではありません」
「そういうことを口にするのは、一度試してからにしてくれんかね?」テタイアの将校がなかばばかにしたようにいう。
 デューは静かに将校を見た。
「すでに試しました。三年前、越えたことがあるのです」
 円卓を囲む人びとのあいだから、一斉に驚きの声が漏れる。
「どこかほかの山と勘違いされているのでは?」将校はなおもいった。「仮にあなたが行けたとして、そんな愚かな作戦は自殺行為だ。いったい、どこの部隊がついて行くというのです?」
 あちこちで同意の声が聞こえるなか、りんとした声が響いた。
「フィーンの部隊が参ります」エレタナだった。「現在、七千騎の弓矢部隊がランカの駐屯地に向かっています。うち三千七百騎を、レイン少佐のおともといたしましょう」
「わたしが率いて参ります」その隣で、ヨルセイスがいった。
「もちろん、わたしもおともします」こう発言したのは、先ほど報告をした若き大尉だ。笑顔でデューを見つめ、「最新の事情に詳しい者が必要でしょう」
 ことは決まった。異議を唱える者はなかった。
「では、最後の議題に入ろう」
 トリユース将軍はいい、一同をぐるりと見やったあと、おもむろに口をひらいた。
「『輝ける生命の象徴である聖なる石は、それがフィーンの国にあらば大いなる幸いとなる。それが人の国にあらば大いなる災いとなる』二千年前、フィーンの国から大いなるダイヤモンドが奪われたとき、オーベンレンガー王はこう警告された」彼はエレタナを見る。
 エレタナは、その通りですというように瞳でうなずいた。将軍も瞳でうなずき、言葉を続ける。
「ダイロスは、それを無視した。そして、王の言葉通り、人の世界は滅びた。死の吹雪によって……。われわれは、二度とそのようなことが起こらぬよう、今度こそ、その聖なるダイヤモンドを取り返し、エルディラーヌに還さねばならない」
 将軍は、たかのような鋭い瞳で彼らを見まわした。
「それができるのはただひとり。フィーンのレクストゥール殿が預言した、さだめられた者||ルシタナの生まれかわりだ。諸君もすでにお聞きおよびの通り、グルバダは執拗しつように灰色の騎士を送り込んだが、ルドウィン殿下やレイン少佐を始め、多くの者の尽力で、その者は無事だった」将軍の視線が、さっとユナに向けられる。「ユリディケ」
「はい」ユナはふるえる声でこたえた。
「その若さでは、重すぎる荷であろう。だが、勇気を持って臨んでほしい」鋭い瞳でユナを見つめたまま、将軍は続ける。「もちろん、ひとりで行かせたりはしない。ルドウィン殿下がそなたとともに行く。なるべく目立たぬ旅となるよう、同行する者は、あとは一名としたい。ここには素晴らしい武人がお集まりだが、その中から、この内戦で数々のくんを立てられたテタイアのガデス大佐を推薦させていただこう」
 大きな拍手が沸きおこる。それに対して、大佐が笑顔でこたえかけたとき、ルドウィンが声を上げた。
「トリユース将軍、お心遣い、深く感謝します。ガデス殿がご同行くだされば、さぞ心強いことでしょう」にこやかに大佐を見つめ、将軍に視線を戻す。「しかしながら、わたしはヒューディ・ローを連れて行きます」
 ユナはびっくりした。ヒューディもぽかんと口をあけ、ルドウィンを見あげる。
 一瞬の静寂のち、各国の代表が、一斉に反論を唱え始めた。
「ヒューディ・ローですと? まだほんの少年だ。それに、なんの戦歴もない」
「戦歴がないどころか、入隊して訓練すら受けたことがないではありませんか」
「ルドウィン殿下、女と子ども連れとあっては、両手に大きな荷物を抱えていくようなものですぞ」こういったのは、デューのシャナイ越えにしつこく反対した将校だ。ユナの冷たい視線に気づき、そこで口をつぐむ。
「ぼくは十七歳です。子どもではありません」ヒューディがいった。
「その通りです」彼の隣でヨルセイスがいう。「ヒューディは素晴らしい乗り手で、剣術もなかなか筋がよく、音感も優れているので、いまでは、テタイア人と同じように話せます。それに」涼やかな声で続け、「気心が知れた幼なじみが一緒にいるということは、なによりユナの力になるのではないでしょうか」
「お言葉を返すようだが、にわか仕込みの剣術など、クソの役にも立ちますまい」先ほどの将校が鼻で笑った。
 トリユース将軍が射るような視線を投げる。
「中佐」厳しい声でいったあと、ルドウィンに向き直り、「この場にふさわしからぬ発言、議長として深くお詫びします。されど殿下、ことの重要さをかんがみると、やはりここは経験豊富なガデス大佐が適任かと」
「トリユース将軍」ルドウィンはおだやかにいった。静かだがよく通る声だ。「われわれは戦場に行くわけではありません」一同を見渡し、「それに、ヒューディ・ローはわたしがもっとも信頼する男です」
「ルド……」ヒューディはささやく。
「わたしには、やはり、戦場が性に合っていますよ」ガデス大佐がひげに覆われた顔に剛胆ごうたんな笑みを浮かべる。「わたしの槍も前線の方が活躍の甲斐があるというものです」
 会議が終わると、ヒューディはルドウィンに駆け寄った。
「ルド! ありがとう!」
 ルドウィンは表情ひとつ変えなかった。
「荷物になったら、いつでも捨てるぞ。わかったな」