ユナは、フォゼとジョージョーを手伝い、ルドウィンを窪地に降ろした。意識はなく、出血がひどい。
「傷を押さえていて! 薬を探してくる!」
荷物のもとへ走り、片っ端から麻袋を開ける。薬草の絵が描かれた箱を見つけ、引っ張りだして立ち上がった拍子に、背中がなにかにぶつかった。薬箱が落ち、中身が飛び散る。
気がついたときには、ユナの身体は宙に持ち上げられていた。ユナは大声で叫んだ。
「なにするのよ! 放して!」
ユナの叫び声に、ヤンは一瞬気を取られた。
そのわずかな隙に、騎士はヤンの剣をはじき飛ばし、鋭い一撃を繰り出す。辛くも身をかわすと、ヤンは相手の横腹に強烈な
ヤンは剣へ手を伸ばしたが、倒れた騎士が彼の足をすくうほうが、わずかに早かった。
地面に倒され、背中をしたたか打ちつける。それでも、敵に立ちあがる猶予は与えず、倒されたままつかみかかった。
ヒューディも、激しい戦いのさなかにユナの声を聞いた。
彼の動揺を見てとり、相手は一気に攻め込んできた。鋭い金属音とともに、短剣が飛ばされる。フードの奥の黄色い目が不敵に光った。騎士は無言で躍りかかってくる。
とっさに身を転がした。
なにかが風を切る音。すぐに、鈍い音が続き、それから、騎士がどさっと落ちてきた。その背には、一本の矢||。
ヒューディは跳ね起き、あたりを見まわす。
夜の草原に、白銀に輝く美しい葦毛が浮かび上がった。馬上には、弓を手にした人影。ヒューディの無事を見届けたかのように、人影は、すぐに馬首を返した。
フォゼが懸命に王子の手当てをするそばで、ジョージョーはひとりおろおろしていた。そこへ、ヤンと灰色が取っ組みあいながら転がり落ちてきた。
灰色がヤンを組み伏せて、
ヤンは両手で騎士の手首をつかみ、喉に向けられた刃を必死で押し戻そうとするが、刃は少しずつヤンの喉もとに近づいてゆく。どうしよう||。
不意に、ある考えが浮かんだ。
ジョージョーは忍び足で騎士の後ろに回り込む。得意中の得意技。相手はまったく気づかない。ジョージョーは、ふるえる手でその肩を叩いた。トン、トン。
一瞬、騎士の気がそれる。
ヤンは、その機会を逃さなかった。相手の手首をねじって短刀を取り上げ、瞬時に馬乗りになると、刃をその胸に突き立てた。
騎士はユナを前に抱え、片手で手綱をとって漆黒の馬を走らせていた。
「放してよ、このばか!」ユナは怒鳴った。
騎士は、ひたすら彼女を無視している。その息も、腕も、覆いかぶさっている身体も、氷のように冷たい。少しでも逃れようと、ぎゅっとたてがみにつかまると、
「放してっていってるでしょ!」
と、蹄の合間に、ヒュッと風を切る音が聞こえた気がした。次の瞬間、鈍い音がして、突然身体が自由になる。宙に投げだされる寸前、かろうじてたてがみにしがみついた。
漆黒の馬は、ユナを乗せたまま、狂ったように暴走する。ああ、そのうち、振り落とされちゃうんだ||。
「だいじょうぶだよ! 落ち着いて!」
一頭の
「そっちへいく! しっかりつかまって!」
若者は宙に身を躍らせ、暴走する馬へと飛び移った。そして、ユナの後ろから手綱を探ると、徐々に速度を落としてゆく。
ほどなく馬は並足になり、ぶるんと首をふるって止まった。
「
ユナはこたえることもできなかった。全身汗びっしょりで、心臓は破裂しそうに打っており、馬から抱え降ろされたあとも、足ががくがくして歩けない。若者は、そばにきた葦毛のもとまで、ユナをささえていった。
雲はすっかり晴れ、降るような星が淡い光を草原に降りそそいでいる。
「ユリディケだね?」彼はいう。
やさしい、整った顔立ちをしていた。どこか寂しげなその瞳に、ユナは、不思議ななつかしさを覚えた。長いあいだ忘れていた遠い夢の中に、連れ戻されるかのように……。
「無事でよかった。奴の肩を狙ったけど、きみまで落ちないかひやひやしたよ」
彼は笑い、ユナはそのとき初めて、彼の背の弓に気がついた。
「参謀本部から、きみたちを迎えにきた。エレタナが心配して、ぼくをよこしたんだ」
「エレタナが?」
「ああ。これは、彼女の
「きれいな馬……」
「それに、とても速い」彼はいい、芦毛を見つめて愛おしそうに首をなでる。
「あの||あなたの名は?」
「デュー」彼は振り向いた。「デュー・レイン」
窪地に戻る途中、ふたりは、あとを追ってきたヤンと会った。ヤンは、デューが射落とした騎士にとどめを刺していた。そして、回収した矢を彼に渡した。
気をもんで待っていた者たちは、ユナの無事な姿に胸をなでおろした。だが、ルドウィンの容態は思わしくなく、高熱で全身をふるわせていた。デューは難しい顔をした。
「奴らの剣には猛毒が塗ってあるんだ。それが全身に回っている」彼は、ルドウィンの首から革紐でさげられたサテンの袋に目を留める。「エレタナの水晶だね?」ユナを振り返り、「きみに預けていいかな? それと、応急処置をほどこすのを手伝ってくれないか?」
デューは、ルシナンの代表として参謀本部に集まっている将校のひとりだった。薬草に詳しく、医術にも通じているようだった。
ユナは、彼の指示にしたがって薬草を煎じる。そのあいだに、彼は、小さなガラス瓶に入った液体を、ルドウィンの口に含ませた。淡い金色の光を帯びた液体で、エレタナの秘薬とのことだった。
ヤンがルドウィンの身体を支え、デューは薬草を煎じた湯で、肩の傷を丁寧に洗う。
「おおなぎ草と山息吹の根に、エルディラーヌの忘れな草だよ」デューはいった。「すぐれた解毒作用があるんだ」
手当てを終えると、デューはすぐに出発した方がいいといった。
「せめて、夜明けまで待てませんか?」ヤンがいう。「このような容態で動かすのは||」
「また奴らが襲ってくる前に発たなくては。フィーンの馬は、重い病人や怪我人にも、ほとんど負担をかけずに走ることができます。フィーンの馬が一緒ならば、あなたがたの馬も、翼が生えたように走るでしょう。本部にはエレタナ王女がいます。王女はすぐれた癒し手です」
ヤンは折れ、一行は、すぐに出立の準備にかかった。
「ルドが死んだら、ぼくのせいだ……」ヒューディがつぶやき、ユナはぞっとしていう。
「死ぬわけないわ!」自分でもびっくりするほど強い口調だった。彼女は声をやわらげる。「絶対にだいじょうぶよ、ヒューディ。あんな威張りくさってたやつが、こんな簡単に死んじゃったら」少し考え、「笑ってやるわ!」
第12章(2 / 2)に栞をはさみました。