第6章
「ヒューディ」踊る男女を縫って歩きながら、ユナは呼びかける。
その声は、楽団の音楽と若者たちが床を踏みならす音にかき消された。それでも、彼女の気配を察してか、ヒューディは振り返る。
そのとき、白樺の木立でカンテラの灯が揺れ、
先頭の騎士が、手すりぎりぎりに駆け寄り、ヒューディを片腕でひと抱えにする。
次の瞬間、なにかがひゅっと風を切った。騎士はヒューディを抱えたまま、もんどりうって落馬する。仰向けに倒れたその首には、短剣が突き立っていた。
誰かがユナの横を駆け抜け、ひらりと手すりを飛び越える。
ルドウィン王子だった。続く一騎めがけて、草地にあった椅子を投げる。騎士は素早く避けたが、驚いた馬がさお立ちになった。
「ヒューディ!」ユナは手すりから身を乗りだし、駆け寄ったヒューディの手をつかんで引き上げる。
騎士は、さお立ちになった馬を制し、ルドウィンめがけて突っ込んできた。ルドウィンは草の上に身を転がす。
漆黒の馬は、大きく地面を蹴って手すりを越え、会場は、一瞬のうちに狂乱状態に陥った。逃げる人波であふれ、警護の兵士が駆けつけることができないなか、飲み物や料理の載ったテーブルが倒され、
ユナはヒューディと手をとって走りながらレアナを探した。いったいどこにいるの? こんななかで見つかるだろうか?
と、若草色のドレスの女性が誰かに押されて倒れるのが、目の端をかすめる。ユナがはっとしたときには、ヒューディはすでに彼女の手を離して走りだしていた。
彼に続こうとしたとき、大きな影が前をよぎり、漆黒の馬が躍り出る。ユナは悲鳴を上げた。
灰色の騎士は、振り返ったヒューディを馬上から見下ろす。
「預かったものはどこだ?」低い、ぞっとするような声。
ヒューディはレアナを後ろにかばい、当惑した表情で騎士を見上げる。
「密書はどこにある?」騎士が剣に手をかけた。
ユナは心臓が飛びだしそうになる。なんとかしなきゃ||。
そのとき、逃げていた若者の一人が、駆け抜けざまにドシンとぶつかってきた。ユナは勢いよく突き飛ばされ、とっさに、最初に目についたものにしがみついた。それが騎士の片足だとは夢にも思わずに。
騎士は馬から引きずり降ろされ、ユナもろとも床に転がる。
頭を強く打って、ユナは一瞬もうろうとする。いったいなんなのよ? うめきながら上半身を起こしたとき、声が響いた。
「ユナ! 伏せろ!」
反射的に、身を伏せる。
頭上で鋭い金属音が響いた。落馬した騎士が剣を振り上げ、ルドウィンが燭台を投げたのだった。剣は男の手を離れ、派手な音を立てながら床をすべってゆく。
「そこをどくんだ!」
ふたたび声が響き、ユナは身を転がす。
ルドウィンは腰の長剣を抜いて、騎士に躍りかかった。相手は身をかわし、剣は急所をそれて、右肩を大きく切り裂く。騎士は左手で手綱をつかんで馬に飛び乗ると、灰色のマントをひるがえして手すりを飛び越え、暗い木立に消えた。
ユナはほっと息を吐いて立ちあがる。ヒューディがレアナを助け起こすのが見えた。
あたりはまだ、逃げ惑う若者や、燃え広がる火を鎮めようとする兵士で混乱している。
「ルドウィンさま!」側近が駆けつけた。
「わたしはだいじょうぶだ。それより、例の少年を見つけた。あとを頼む」ルドウィンはいい、ユナたちをうながす。「早く馬車へ」
草地に降りたユナは、最初の一騎が短剣を受けて倒れた場所に、短剣だけがぽつりと横たわっていることに気がついた。ユナは眉をひそめる。死体はどうしたのだろう?
「奴のことを考えているなら」ルドウィンはすっと短剣を拾い、「とっくにどこかへ逃げて、傷が癒えるまで身をひそめているよ」
「え?」
「奴らは不死身なんだ。聞いたことがないのか? 心臓を貫かれない限り死なない。あの傷も、三日もすれば治っているさ」