第41章
ユナは、夜の工房にいた。
闇のなか、六角
その清らかな波動に包まれながら、ふと、なにか大切なことを忘れている気がした。それに、なぜ、こんなところにいるのだろう……。
突然、波動が乱れ、黒いローブを
われは
待って! ユナは飛び出す。だが、伸ばしたその手は、なぜか男の身体をすりぬけた。
銀色の石が振りおろされ、ダイヤモンドから、生きもののような悲鳴とまばゆい閃光が放たれる。
すべての音が止み、すべての動きが止まった。
ダイヤモンドの切り口から、涙のような
エレタナの声がよみがえった。
||大いなるダイヤモンドの欠片で作られたブレスレットよ||この三粒のダイヤモンドは、ダイロスから守られてきたの……||
気がつくと、ユナは岩壁に囲まれた暗い部屋にいた。
「サラファーンの星の雫だ」老人は目の前の若者にいう。「最果ての国に届けてほしい」
不意に何者かの気配を感じ、ユナは思考を止める。誰かが、じっと息をひそめている。
グルバダ||。
これ以上、知られてはならない。一刻も早く逃れなければ。
ふっと笑う声が聞こえた。それから、はっきりと声が響く。
〈
蝋燭の炎が消え、あたりが闇に包まれた。
ユナは走り出す。自分の心の中なら、岩の壁も突き抜けることができるはず||。
濃い液体の中を通るような感覚が全身を包み、次の瞬間、ユナは迷路のような洞窟にいた。
止まらずに走り続ける。背後から、暗い影が追ってくる。ところどころ松明がかかげられ、壁に揺れる
道が大きくカーブする。そして、目の前に、宝石をちりばめたような星空が広がった。
すんでのところで足を止める。道はぷっつり途切れていた。そこは、断崖にぽっかりあいた洞穴の出口。下は、底なしの闇||。
身をひるがえして戻ろうとしたとたん、真っ赤な目をらんらんと輝かせ、巨大な魔犬が飛びかかってきた。よけるまもなく、太い前足にドンと突き飛ばされる。
衝撃とともに、ユナは底しれぬ暗黒へとまっさかさまに落ちていった。
星の光が遥か上へと遠ざかってゆく。冷たい風がほおを切り、さまざまな光景が脳裏をよぎる。
風が吹きすさぶエレドゥ峡谷||剣の間に横たわる黄金の箱||鍵穴にふれてきらめく三粒のダイヤモンド||稲光に浮かび上がる灰色の追手||裁きの森のささやかな家||レクストゥールの声が聞こえてくる。
||ユリディケは、フィーンの古い言葉で、輝きに満ちるもの、という意味です。その光がいつも……||
声は遠ざかるように消えてゆき、
突然、真っ白な閃光があたりを十字に切り裂いた。一瞬、なにも見えなくなり、深い悲しみが胸を貫く||。
それから、紫色の海が見えた。そして
||遠いフィーンの故郷では、石は眠り、夢を見、目覚めては歌った||
誰かの声が聞こえる。そして、大きなダイヤモンドと、南アルディス海を思わす真っ青な石が見えた。
と、
早く目を覚まして、ここから逃げなくては。けれど、どうやって||?
ユナはなすすべもなく、下へ下へと落ちてゆく。
雪の断崖が見えてきた。金色の髪の娘が、その髪を風になびかせ、決意を秘めた紫の瞳で、雪にけむる遠い世界を見つめている。
その光景が、新緑に萌える木立にとってかわる。オオユリの木の群生地||。
リーは、ユナをとらえている
彼の背後、正面玄関へと続く広い階段の片側では、ヨルセイスが灰色たちと壮絶な戦いを繰り広げており、反対側では、駆けつけた灰色たちが馬を乗り捨てて、次々と大広間になだれこんでいる。
全身全霊で走り続けるリーの耳に、
ちらっと左手を見る。一騎の灰色が広場を斜めに突っ切り、こちらに向かってくるのが見えた。そのあとを、さらに数騎が追ってくる。
霧のような闇まであと少し。リーの左手首では、三粒のダイヤモンドがきらめき、一心に光の剣に呼びかけている。
しかし、その呼びかけは光の剣に届いていない。目の前の影の剣に
フィーンの預言者は、誰よりもそのことを知っていた。
||今度こそ光の剣を手にして、影の力を止めるでしょう||
濃い霧のような闇は、いまや嵐のように激しく
先頭の灰色が迫ってくる。蹄と拍車の音が耳を圧倒し、リーめがけて漆黒の馬が大きく
その瞬間、左手首でダイヤモンドがまばゆい光を放った。リーはその光を高くかざし、闇の渦に飛び込んだ。
空気の密度がぎゅっと濃くなり、時間の流れが変わる。片足で地面を
前方に、ユナとグルバダの姿が浮かび上がり、周りの光景がけむるように沈む。
「ユナ!」リーは声を限りに叫んだ。「剣を放すな!」