ヨルセイスは暗い森に入った。思わぬ崖や陰鬱いんうつな湿地がわなのように待ちかまえるなか、はやる気持ちを抑え、速度を落として進む。
 あの灰色たちは、どうやって密かに走るすべを身につけたのだろう。ダイロスの魔力の余波か、あるいは二千年の歳月のなせるわざか。それはわからなかったが、こちらを包囲するかのように、あらゆる方向から現れることから、新たな連合軍司令部の位置が、完全にあくされているのは明らかだった。
 グルバダは、こちらの動きをすべて読み、彼らを待ち構えている。その昔、ダイロスがそうした戦略を好んだように。
 明日の朝、トリユース将軍は、首都の防衛に向かうはずだった援軍とともに司令部を発つ。四千の騎兵と二万の歩兵、三千騎のフィーンを率いて。
 だが、敵の数は、灰色だけでも、それをはるかに超えている。人間のドロテ兵と消えた連合軍兵士も戦闘に加わるはずだ。
 圧倒的な戦力を前に、連合軍は厳しい戦いを強いられることになる。
 それを承知で、彼らはギルフォスを目指すのだ。
 ギルフォス||
 グルバダは、その古き名を使っていた。ワイスは、ドロテ兵たちが街をそう呼んでいるのを耳にしたという。二千年前エルディラーヌに逃れた人々はその名をほうむり、フィーンもその波動すら隠していたというのに||
 グルバダは、思い出す力を得ている。すべてをはっきりと思い出してはいなくとも、迷宮を探りあて、影の剣を手にしたことで、確実に力を増している。
 そして、光の剣を手にしたいま、彼はさらなる力を得ているはずだ。
 ||もしも激しく記憶を揺さぶられることがあるならば、さらに古い過去が呼び覚まされ、その存在は、これまで以上に危険なものとなるでしょう||
 ヨルセイスは片手を胸もとにやり、衣服の上から星水晶を握りしめる。
 どうか、間に合いますように。
 この森を抜ければ、マレンの灌木かんぼくが点在する荒野に出る。進路を戻して少し走れば、岩陰にいくつか、洞窟に通じる穴がある。エレドゥ峡谷きょうこくからギルフォスの地下まで、無数に枝分かれしながら続く壮大な洞窟だ。
 洞窟の中は真の闇だが、彼は夜目が効くし、この星水晶もある。それに、過去にも通った道だ。
 急がねば||。ある強い予感が、彼をその洞窟へと駆り立てる。
 木々のあいだから光が射してきた。純白の馬は速度を上げ、一気に深い森を抜けて、マレンが金色に実る荒野に出る。
 その荒野を駆けながら、ヨルセイスはルドウィンを思った。二千年前、彼とともに雪の大地を駆けたことを。どんな状況でも希望を失わない、その不屈の精神を。
 それから、別の友を思った。あの暗い時代に、幾多の試練を乗り越え、あらゆる危険をおかして、星のしずくをルシタナに運んだ若者を。その誠実さと、揺るぎない心を。
 彼もまた、この地上に戻ってきている。
 ヨルセイスは心の瞳で、その古い友の姿を見ていた。まだほんの少年だったが、濃い鳶色の瞳には、あのときと同じ強い光が宿っていた。
 きっと、間に合う。そうでなければ。そのためにこそ、彼らは来たのだ。
 西の大地が黄昏たそがれに染まる。
 ヨルセイスの背後、はるか東の空に、十四夜の月が昇ろうとしていた。