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 傾いた陽が容赦ようしゃなく照りつけるなか、ヨルセイスは長い金髪とマントをなびかせ、西の大地を駆けていた。ワイスを乗せてきた愛馬は休ませ、仲間がエルディラーヌから連れてきた真っ白な馬にまたがり、弓矢とひとふりの剣を帯びて。
 目指すはギルフォス。
 その昔、幾度も訪れた古都。その後ひさしく、思いをせることすら避けてきた街。
 預言者レクストゥールから、くれぐれも近づかぬよう、決して人に教えぬよう強く釘を刺されていた、栄光と悲劇の都。
 ||ダイロスは、すさまじい執着を秘めてこの世に戻ってきます。ふたたび黒魔術に手を染め、どんなさいな動きも、どんな密かな思いをもとらえようと、その感覚をぎ澄ますでしょう。
 遅かれ早かれ、二千年前のことを思い出すのは止められますまい。
 されど、もしも激しく記憶を揺さぶられたならば、さらに古い過去が呼び覚まされ、その存在は、これまで以上に危険なものとなるでしょう||
 彼の師であり育ての親でもある預言者は、そういい残して王宮を去った。
 それゆえヨルセイスは、このところ感じていたいいようのない不安を抑え、えて心を静めて、すべての思いを封印してきたのだった。
 しかし、ジョージョーとワイスの知らせを聞いたとき、彼は動くべきときが来たことを知った。
 そして、ひとり先陣を切って、司令部を飛び出してきたのだ。
 ふところにしのばせたペンダントが、激しい動きに合わせて揺れる。
 かつてギルフォスへ渡ったときも、フィーンの輝きを消し、人に身をやつすために帯びていた星水晶のペンダント。いまその石は、彼の光をすべて結晶に取り込み、衣服の下で輝いているはずだ。
 その星水晶を身につけ、あわただしく発とうとする彼に、エレタナはいった。
 ||気をつけて、ヨルセイス。神のご加護がありますように||
 深い紫の瞳には、すべての思いがあった。
 ヨルセイスを乗せ、純白の馬はあま駆けるように荒野を走る。
 果たして、ユナを救う時間は残されているのか? 彼女を追ったヒューディは無事だろうか?
 ジョージョーの話からすれば、ユナは昨日の午後には迷宮跡に着いている。グルバダはその前に、早馬で知らせを受けているに違いない。そしてその時点で、イナン王子を亡き者にしているだろう。
 そうであれば、テタイアの風習に従って、宮殿は丸二日、王子のに服す。グルバダが事を起こすとしたら、おそらく明日||二日間の喪があけたあと。
 おりしも、明日は満月。テタイアで特に神聖とされる、夏至の前の満月だ。
 ワイスの声が耳にこだまする。
 ||ダイロスの迷宮跡に、巨大な宮殿が造られている。灰色の大軍が待機して、連合軍の消えた部隊もすべてそこに||。アデラにいるのは影武者だ。グルバダは、その新たな宮殿にいる||
 二千年前の暗黒の時代、死の吹雪がこの世界をおおう前のこと。フィーンの肉体ですら一瞬で滅ぼす、ある恐ろしい力が働いた。人もフィーンも命を落とした。そして灰色の騎士も。
 だがワイスは、ゆうに十万を超える灰色を目にしたという。
 思ったよりはるかに多くの灰色が、業火を生き延びていたのだ。そして、グルバダは、時をこえて覚醒かくせいした彼らの大半を、切り札として、手の内にとどめておいたのだ。
 その大軍を動かすのも、おそらく明日。
 それに先駆け、グルバダは昨夜遅く、斥候を放っていた。迷宮跡を目指しながら、ヨルセイスは、不死身の騎士たちが一斉に放たれたのを、全身の細胞で感じとった。
 彼らを避けるため、ヨルセイスは急流を渡り、起伏の激しい森を抜け、かいを繰り返していた。
 いまごろは、デューとワイスも、フィーンの戦士とともにギルフォスを目指している。彼らは、単独のヨルセイスよりも灰色を引きつけやすい。
 しかも、今回放たれた灰色たちは、ひづめの音や馬具の音を極力ひそませて走るすべを身につけている。
 けれども、灰色を察することにかけては、デューはフィーン並の感覚を持っているし、ワイスはふたたび彼の愛馬を駆っているはずだ。シルフィエムは、必ず乗り手を守る。
 それに、フィーンの戦士は、エレタナが選んだ精鋭中の精鋭だ。無事切り抜けてくれるよう、彼は祈った。
 
 突然、ヨルセイスの身体の下で、純白の馬が緊張するのがわかった。
 ヨルセイスもまた、ただならぬ気配を感じとる。
 吹きつける風のなか、一瞬、かすかな音が聞こえた。かすかだったが、はっきりと。
 ヨルセイスは速度を落とし、ゆっくりと止まる。
 そのままじっと耳を澄ました。白馬も耳を動かし、音をとらえようとしている。
 それは、西北西から聞こえてきた。
 風にはためく厚いマント。重い馬具と蹄の音。抑えてはいるが、まがうことのない音||
 ヨルセイスは目を閉じ、全身でさらに聴き入る。
 七騎。いや||八騎か。
 相手にできない数ではない。だが、戦いの気配を聞きつければ、仲間たちがどっと押し寄せるだろう。
 純白の馬が、左手に見える森の方へと頭を向ける。
「そうだな。そうしよう」
 ヨルセイスは相棒の首を軽くたたき、進路を変えた。