第33章
傾いた陽が
目指すはギルフォス。
その昔、幾度も訪れた古都。その後ひさしく、思いを
||ダイロスは、すさまじい執着を秘めてこの世に戻ってきます。遅かれ早かれ、二千年前のことを思い出すのは止められますまい。されど、もしも激しく記憶を揺さぶられたならば、さらに古い過去が呼び覚まされ、その存在は、これまで以上に危険なものとなるでしょう||
彼の師であり育ての親でもある預言者は、そういい残して王宮を去った。それゆえヨルセイスは、このところ感じていたいいようのない不安を抑え、
しかし、ジョージョーとワイスの知らせを聞いたとき、彼は動くべきときが来たことを知った。そして、ひとり先陣を切って、司令部を飛び出してきたのだった。
ふところにしのばせたペンダントが、激しい動きに合わせて揺れる。
かつてギルフォスへ渡ったときも、フィーンの輝きを消し、人に身をやつすために帯びていた星水晶のペンダント。いまその石は、彼の光をすべて結晶に取り込み、衣服の下で輝いているはずだ。
その星水晶を身につけ、あわただしく発とうとする彼に、エレタナはいった。
||気をつけて、ヨルセイス。神のご加護がありますように||
深い紫の瞳には、すべての思いがあった。
ヨルセイスを乗せ、純白の馬は
果たして、ユナを救う時間は残されているのか? 彼女を追ったヒューディは無事だろうか?
ジョージョーの話からすれば、ユナは昨日の午後には迷宮跡に着いている。グルバダはその前に、早馬で知らせを受けているに違いない。そしてその時点で、イナン王子を亡き者にしているだろう。そうであれば、テタイアの風習に従って、宮殿は丸二日、王子の
グルバダが事を起こすとしたら、おそらく明日。王子の喪があけたあと。おりしも、明日は満月。テタイアで特に神聖とされる、夏至の前の満月だ。
ワイスの声が耳にこだまする。
||ダイロスの迷宮跡に、巨大な宮殿が造られている。灰色の大軍が待機して、連合軍の消えた部隊もすべてそこに||。アデラにいるのは影武者だ。グルバダは、その新たな宮殿にいる||
二千年前の暗黒の時代、死の吹雪がこの世界を
だがワイスは、ゆうに七万を超える灰色を目にしたという。騎乗姿で整然と控える大軍を。
思ったよりはるかに多くの灰色が、業火を生き延びていたのだ。そして、グルバダは、時をこえて
その大軍を動かすのも、おそらく明日。
それに先駆け、グルバダは昨夜遅く、斥候を放っていた。迷宮跡を目指しながら、ヨルセイスは、不死身の騎士たちが一斉に放たれたのを、全身の細胞で感じとった。
彼らを避けるため、ヨルセイスは急流を渡り、起伏の激しい森を抜け、
いまごろは、デューとワイスも、フィーンの戦士とともにギルフォスを目指している。彼らは、単独のヨルセイスよりも灰色を引きつけやすい。
しかも、今回放たれた灰色たちは、
けれども、灰色を察することにかけては、デューはフィーン並の感覚を持っているし、ワイスはふたたび彼の愛馬を駆っているはずだ。シルフィエムは、必ず乗り手を守る。
それに、フィーンの戦士は、エレタナが選んだ精鋭中の精鋭だ。無事切り抜けてくれるよう、彼は祈った。
純白の馬の身体に緊張が走った。ヨルセイスもまた、ただならぬ気配を感じとる。
吹きつける風のなか、一瞬、かすかな音が聞こえた。かすかだったが、はっきりと。
ヨルセイスは速度を落とし、ゆっくりと止まる。そのままじっと耳を澄ました。白馬も耳を動かし、音をとらえようとしている。
風にはためく厚いマント。重い馬具と蹄の音。抑えてはいるが、まがうことのない音||。
ヨルセイスは目を閉じ、全身でさらに聴き入る。
七騎。いや||八騎か。相手にできない数ではない。しかし、戦いの気配を聞きつければ、仲間がどっと押し寄せるだろう。
純白の馬が、左手に見える森の方へと頭を向ける。
「そうだな。そうしよう」
ヨルセイスは相棒の首をやさしくたたき、進路を変えた。