月はいましがた、小高い丘の彼方に沈んだ。馬を失敬するにはおあつらえ向きの夜。
聞こえるのは風の音だけで、農場はひっそりと寝静まっている。牧羊犬も眠っているのだろうか。念のため、犬を黙らせるための
「気をつけて」ユナはふたりにいう。「なにかあったら、すぐに合図を送るわ」
「わかった」とヒューディ。「きみも気をつけて」
「すぐにすむよ、ユナ」とジョージョー。「親父とは、まとめて五十頭やったこともあるんだ」
そしてふたりは
アリドリアスがぶるんと首をふるった。
「ルドが恋しい?」ユナは、そのつややかな金色の
アリドリアスは、あいづちを打つように、
風の音をぬって、犬の遠吠えが聞こえた。
ユナの胸に、銀色狼の姿がよみがえる。
木立の中から現れ、月光のように輝く鬣をなびかせて歩いてきた、王者のような姿。彼女をまっすぐに見つめた金色の瞳。
ふさふさした鬣に顔をうずめたときの、太陽と月と森の香り。森外れまで、ずっと寄り添うように歩いてくれたときの、切ないまでのなつかしさ……。
遠い昔、彼女はそうして、銀色狼と一緒に森を歩いていたのだろう。
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レクストゥールの言葉を思い出し、ユナは眉をひそめる。
古のフィーンの世界とは、どこのことだろう? エルディラーヌならエルディラーヌというはずだ。フィーンには、どこか別の遠いところに彼らの故郷があるのだろうか。なぜあのとき聞き流してしまったのだろう。
ユナは吐息をもらし、アリドリアスにもたれかかる。アリドリアスの身体はベルベットのようになめらかであたたかい。
ユナは深呼吸をして、夜の空気を思いきり吸いこむ。
目を閉じると、まぶたの奥に、不思議な光景が広がった。
澄んだ水色の空に、水晶のような月がいくつも浮かび、地上には、やわらかな緑の葉と淡い
ピーピルルルル……。やさしい歌声が聞こえ、小さなシルエットが目の前をよぎる。
一瞬、星のようなつぶらな瞳と、輝く
左手首に軽い痛みを感じ、ユナははっと目を覚ました。
アリドリアスが足踏みしながら、なにかを訴えるように、さかんに耳を動かして鬣を揺すっている。いつのまに眠ってしまったのだろう。夢を見ていた。
「どうかした、アリドリアス?」夢の記憶が薄れてゆくなか、ユナはいう。
だしぬけに、背後の繁みから黒い影が飛びだした。
影はユナが叫ぶ間も与えず、冷たい鋼のような腕で彼女を捕らえ、口もとに強い匂いのする布を押しあてた。
ヒューディとジョージョーが選んだのは、見事な
「そいつにしよう。気立てが良さそうだし、スタミナもありそうだ」
これほどの馬を盗むことに、ヒューディはひどく後ろめたさを覚えたが、背に腹は替えられない。
「盗みをする奴の気持ちがわかってきたよ」ヒューディは先に立ってフェンスの扉を抜ける。「こんなにたやすくひとさまのものが手に入るんだもんな」
「いつもこうとは限らないよ」扉を閉めながら、ジョージョーがいう。「犬に
突然、夜のしじまに、
彼らは、はっとしてそちらを見る。
闇になれた目に、マント姿の男が小柄なシルエットを抱え、駆けつけた馬に飛び乗るのが見えた。
ユナ||。
アリドリアスが、つないである綱をふりほどこうともがくなか、男は蹄の音を響かせて走り去る。一瞬の出来事だった。
ヒューディは若駒に飛び乗る。
「デューに知らせてくれ! ぼくはユナを追う」
漆黒の馬の行く手、何騎もの灰色の姿が浮かび上がった。
「ジョージョー!」猛然と駆けだしながら振り返る。「アリドリアスに乗っていけ!」
第25章(2 / 2)に栞をはさみました。